野球がぜんぶ教えてくれた 田尾安志

頼れる人を見つけて投資する

中日で活躍した谷沢健一も小山田氏の治療を受けた一人だった
中日で活躍した谷沢健一も小山田氏の治療を受けた一人だった

僕の現役時代、選手生活を支えてくださった人に、「酒マッサージ」と呼ばれる独自の施術を考案した治療家の小山田秀雄先生がいる。陸軍中野学校の前身、特務機関の元諜報部員。戦時中、活動していた上海近郊で捕らわれの身となり、拷問を受けた。瀕死の中、看守に「死ぬ前に何か欲しい物はないか」と聞かれてリクエストした日本酒を体に擦り込んで体を回復させ、脱獄に成功したという壮絶な経験の持ち主だった。

終戦後に自身の体験をもとに、酒を体に擦り込んで指圧する酒マッサージを考案し、独学で治療家の活動を開始。アキレス腱痛に悩まされて引退の危機にあった中日の先輩、谷沢健一さんを復活に導いた。

大相撲、競輪など各界で活躍する人が小山田先生の施術を受け、僕も何度もお世話になった。守備で打球を追った際にコンクリートの外野フェンスに膝を強打し、数試合欠場したときも、酒マッサージを1時間受けたら翌日には足が動き、試合に出られるようになったこともあった。

ただ、球団に所属しているトレーナーとしては外部の人に選手を治されては立場がない。チームのコーチが小山田先生に「それで本当に治せるのか」と詰め寄ったこともあったが、先生は「治せないのであれば診ませんよ」と言い返し、絶対の自信を持ってやっていた。

選手は体を少々痛めても試合に使ってもらえなくなるのを恐れて球団にすぐには報告しなかった時代。患部は球団外で治療するのが当たり前で、何とかして良い先生を見つけ出すことが生命線だった。

以前、元プロテニス選手の杉山愛さんがこう話していた。「テニスの選手は個人でコーチやトレーナーと契約するのに対し、チーム競技の野球は自分に合うスタッフと巡り合えずに選手生活を終えてしまうかもしれず、選手にとって不利益だ」。確かにそうだ。

現在のプロ野球は各球団とも選手に故障箇所の報告義務を課すなどチームでの管理が進んでいるが、限られたスタッフで選手全員の面倒をみるのは難しい。本来、個人事業主であるプロの選手は、体のメンテナンスや技術の指導を仰げる人を自分で見つけて〝投資〟をすればいいし、球団も広く認めればいいと思う。(野球評論家)

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