京都サンガ12年ぶりJ1昇格、サポータと心一つ

苦楽100年、地元企業「来期も活躍を」

京都サンガの12年ぶりのJ1昇格に、長年にわたり支援や応援を続けてきた地元企業も喜び、来季のJ1での躍進に期待する。

京都サンガは、平成6年に運営会社が設立された際、京セラ(京都市伏見区)から10億円、任天堂(南区)から3億円など、府内を代表する計20企業・団体から出資を受けた。

京セラは、サンガとともに、18歳以下のサッカー選手の育成に長年取り組んでいるほか、昨年1月に亀岡市にオープンした府立京都スタジアムについて、「サンガスタジアム by KYOCERA」の愛称を付ける命名権も契約した。

サンガ設立から27年。長い低迷期も支援し続けてきた京セラは昇格決定後、応援サイトで、「幾度ものJ2降格とJ1昇格で味わった苦しみや喜びを共有してきました。これからも活躍が元気と勇気を生み出してくれると信じ応援してまいります」と祝福した。

主要スポンサーの一つ、京都銀行(下京区)も、応援デーに窓口の行員がサンガのTシャツを着たり、協賛を希望している取引先を仲介したりと支えてきた。京銀は「これからもなが--く、ともに京都の地に笑顔の輪をひろげ、勇気と活力のウェーブをおこしていきましょう」と期待を込めた。

ユニホームの背面部に「任天堂」の文字を掲出し続けてきた任天堂の広報は「再び挑むJ1の舞台でも、任天堂はユニホーム同様『背中』から応援させていただきます」とのコメントを寄せた。

カズら過去に所属

京都サンガは、約100年前の大正11(1922)年、京都師範学校(現京都教育大)のOBらが創設した「京都紫郊クラブ」が前身。後に「京都紫光クラブ」と名前を変え、市民のサッカークラブとして活動してきた。

転機は平成6年。Jリーグ発足により、府内でもプロチームを望む声が高まり、25万人の署名が集まったことを機に運営会社が設立し、プロ化された。クラブカラーの「紫」に、仲間を意味するサンスクリット語「サンガ」と京都をイメージさせる「山河」を掛け合わせ、チーム名を「京都パープルサンガ」とした。

ともに元日本代表の三浦知良選手(平成11~12年)や遠藤保仁選手(同)、元韓国代表の朴智星(パクチソン)選手(12~15年)らも所属。15年の第82回天皇杯で優勝するほどの実力を誇った。

ただ、23年にJ2に降格して以降は成績が低迷。30年にはチーム過去最低の19位を記録するなど、J2時代は、11年にも及んだ。(秋山紀浩)

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