学芸万華鏡

ノーベル文学賞、醜聞からの改革の道のり スウェーデン在住の翻訳家に聞く

ノーベル文学賞の選考主体であるスウェーデン・アカデミーが入る建物=スウェーデン・ストックホルム(羽根由さん提供)
ノーベル文学賞の選考主体であるスウェーデン・アカデミーが入る建物=スウェーデン・ストックホルム(羽根由さん提供)

今年のノーベル文学賞の授賞式が10日に迫っている。選考主体であるスウェーデン・アカデミー関係者の性的暴行疑惑で、3年前には発表中止に追い込まれた賞の選考結果に改革の成果や信頼回復の兆しは見えたのか。一連の疑惑をスクープした現地紙の女性記者によるルポルタージュ『ノーベル文学賞が消えた日』(マティルダ・ヴォス・グスタヴソン著、平凡社)を邦訳したスウェーデン・ストックホルム在住の翻訳家、羽根由さん(59)に聞いた。

一定の評価

今年のノーベル文学賞に決まったのは英国で活動するタンザニア出身の作家、アブドゥルラザク・グルナ氏。アフリカ出身者の受賞は2003年のJ・M・クッツェー氏(南アフリカ)以来となる。難民として渡英した実体験が色濃くにじむ小説を英語で書いてきたグルナ氏への授賞は、世界各国が直面している移民・難民の受け入れ問題とも絡めて注目された。

「今年の結果については現地のスウェーデンでも好意的な反応が目立ちます」と羽根さんは語る。その一例が、スウェーデン最大の日刊紙ダーゲンス・ニューヘーテルに掲載された〈今年のノーベル文学賞はスウェーデン・アカデミーが批判を聞いていたことを物語る〉と題した論評記事だ。

「受賞者が北米や欧州出身者に偏っていると批判されてきた以前の選考と比較して論じている。『グルナ氏は英語で作品を書いているので、選考委がどこまで視野を広げられたかは疑問だ』とくぎを刺しつつも、アフリカ出身の黒人作家に目が向いたことを評価する内容だった」

今は「別の組織」

羽根さんが邦訳した『ノーベル文学賞が消えた日』では、17年にスウェーデン・アカデミー関係者の性的暴行疑惑を報じた記者が、その取材過程や18年の発表中止へとつながるアカデミーの内紛をつづる。ノーベル賞全般の運営に責任を持つノーベル財団の介入によって、自壊しつつあったアカデミーの組織改革が動き出したことも伝わってくる。

実際、アカデミーは幅広い地域の書き手をすくい上げるため、東アジアやアフリカなど6言語圏の専門家約10人からなるグループを新設。また、現在のアカデミー会員(定員18人)のうち18年以降に加わった会員は9人で、一連の騒動を経てメンバーの半数が入れ替わった計算になる。

「新会員には女性に対する暴力についての作品を発表した作家や、ペルシャ語で詩や小説を書くイラン生まれの女性もいる。会員は以前に比べて多様になっている。スウェーデンのメディアでは、現在のアカデミーについて『名前は同じでも以前とは別の組織だ』と評価する声が多い」

終身制は維持

一方で、積み残された課題もある。

アカデミーは会員から選ばれた4~5人でつくる文学賞の選考委員に、21年から原則3年の任期制を導入した。ただ、アカデミー会員自体の終身制は維持されたままだ。結果、1980年代から約40年にわたって在籍している会員もいる。メンバーが固定されることが、選考の硬直性を招く恐れもある。

「文学賞選考委員の平均年齢は現在69歳と高く、80代後半のメンバーもいる。どこまで現代の世界文学を理解できるのか、という疑問は残る。2019年にノーベル財団は会員自体の任期制導入という抜本的な改革を求めた。現在もその要求と駆け引きは続いていると感じる」と羽根さんは話す。

「ただ、多言語の専門家グループが設置されたことで、北米や欧州以外の書き手に目を向ける傾向は今後もおそらく続いていく。女性のアカデミー会員も増えていて、受賞者の男女バランスもさらに意識されるようになるはずです」

国籍や人種、性別などの多様性を重視することも国際的な文学賞の潮流だが、18年以降のノーベル文学賞受賞者をみると男女が交互に選出されるようになっている。毎年の選考結果が、スキャンダルで失墜した文学賞の権威と信頼を取り戻すための試金石となる。

はね・ゆかり 昭和37年、大阪府生まれ。大阪市立大法学部卒。スウェーデン・ルンド大法学部修士課程修了。訳書に『グレタ たったひとりのストライキ』、共訳に『ミレニアム4』などがある。現在、スウェーデン・ストックホルム在住。