奈良小1女児殺害・父親講演詳報㊤

楓ちゃん「体動かすのが大好き、活発な子だった」

平成16年11月に誘拐、殺害された奈良市立富雄北(とみおきた)小学校1年の有山楓(ありやま・かえで)ちゃん=当時(7)=の父親(47)が5日、奈良市内で講演し、「ダンスが大好きで夢と希望に満ちあふれていた楓の人生は一瞬で奪われた。楓が生きた7年間について知ってほしい」と語った。講演の主な内容は次の通り。

「風化させたくない」

事件を風化させたくない、楓という女の子がこの世で過ごした7年間について知ってもらいたいという思いで講演を引き受けた。

平成9年11月11日13時31分に楓は3362グラムで生まれた。「楓」という名前は、私が学生のころから、1人目は男の子であっても女の子であっても楓という名前を付けたくて。生まれてきたときは本当にうれしかった。

出産には立ち会えなかったが、楓が生まれて自宅に帰ってきたとき、沐浴(もくよく)をした。ベビーバスではなく一緒にお風呂に入った。楓はとても小さくて、本当に手のひらにおさまってしまうくらいの大きさで。あのときの恐る恐る抱いた記憶は忘れられない。

そのあと、すくすく育ち、ハイハイ、つかまり立ち、歩き出すまで本当に早くて、驚きの毎日だった。

講演する有山楓ちゃんの父親。「事件を風化させたくない」と語った=5日、奈良市
講演する有山楓ちゃんの父親。「事件を風化させたくない」と語った=5日、奈良市

体を動かすのが大好き

楓が5歳になる前にダンスを始めたが、本当に楽しかったようで、みるみるうちに上達していき、一生懸命踊っていた。

ブランコも大好きで、学校でも公園でも真っ先にブランコへ向かっていた。ブランコを通じて学年を問わず友達になったと話をしてくれた。

初めて5歳のときに野球観戦に連れて行った。一緒に行って近鉄バファローズのファンになった。球場では大人に負けないくらい大声で応援をしていた。選手が楓にボールを投げてくれて、そのボールを本当に大事にしていた。

(小学校に入学すると)幼稚園のときに買ってあげた自転車も小さくなり、7歳の誕生日には24インチの自転車を買ってあげた。家の前で何回もこけながらもすぐに乗れるようになった。

妹思いの看板娘

楓の祖父母が店を経営しているが、電話がかかってくると真っ先に電話をとりにいったり、お客さんが来るとお店におりていき、「いらっしゃいませ」とあいさつをしたり。看板娘だった。

お客さんが帰るときには「ありがとうございます、毎度おおきに。またのお越しを!」と言っていた。

後に刑事さんから聞いた話では、高齢のおばあさんが大きな荷物を持っている姿を見て「持ってあげる」と声をかけたということも聞いている。人見知りのしない優しい子だったんだなと思った。

食べ物では肉と唐揚げが大好きだった。

11月11日が7歳の誕生日。楓の枕元にお菓子を置いて仕事に向かった。起きた楓から「行ってきます、お菓子ありがとうね」とメールが届いた。

11月14日は家族でスーパーに買い物に行った。そのときに楓に内緒で予約しておいたケーキをとりにいった。(サンリオの人気キャラクター)ポムポムプリンの形をした誕生日ケーキを用意した。

家に帰って楓が妹と2階で遊んでいるあいだに、お誕生日会の用意をした。楓は、山盛りの唐揚げとケーキ、誕生日プレゼントにとても喜んでいた。ケーキを前に楓の写真をとったが、いつもの元気いっぱいという笑顔よりも、少し照れた感じの表情だったことを覚えている。

本当に妹思いだった。よく面倒を見てくれていて、まるでお母さんのようで、妹が話すよりも「〇〇ちゃんこれがしたい」と妹の代わりに楓が先にいうので、妹は言葉を覚えるのが遅かった。妹と一緒に写っている写真では、楓は妹に手を添えており、面倒見のいいお姉ちゃんだった。

■奈良小1女児殺害事件

平成16年11月17日、奈良市立富雄北小1年の有山楓ちゃんが下校中に行方不明となり、翌日に奈良県平群町で、遺体で見つかった。県警は同年12月、元新聞販売店員の小林薫元死刑囚を逮捕。奈良地裁が18年に死刑を言い渡した。弁護側の控訴を本人が取り下げて刑が確定。本人はその後再審請求したが、最高裁は特別抗告を棄却、25年2月に刑が執行された。


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