深層リポート

宮城発 原寸大か耐久性か 慶長遣欧使節の復元船解体めぐり賛否

慶長遣欧使節で活躍したサン・ファン・バウティスタ号の復元船=11月10日、宮城県石巻市(大柳聡庸撮影)
慶長遣欧使節で活躍したサン・ファン・バウティスタ号の復元船=11月10日、宮城県石巻市(大柳聡庸撮影)

被災から修復も

サン・ファン・バウティスタ号は、伊達政宗の命によって建造された木造洋式帆船。慶長18(1613)年10月、支倉ら慶長使節を乗せ、現在の石巻市を出航し、約3カ月かけてメキシコに到達。その後も帰国の航海も含めて、太平洋を合計で2往復したとされている。

県によると復元船は、建造費約17億円のうち約5億円が寄付で賄われて、平成5年に建造された。23年の東日本大震災で大きな被害を受けたものの、カナダの民間団体などの支援で修復され、25年に一般公開を再開した。

ただ、一般的に木造船は耐久年数が20年とされている。県は復元船の長期的な維持・保存のため修繕を重ねてきたが、それでも27年に実施した調査によって「船体の腐朽が進み、あと5年は持たない」とされた。

復元船を管理・運営している慶長遣欧使節船協会が、船の今後の在り方について検討会を発足。県は、船の雨漏りやカビの発生、ゆがみ、維持費用、同協会の検討会の提言などを総合的に判断し、29年に木造船として保存していくことを断念した。県の担当者は「木造船の解体は断腸の思いだ」と残念がる。

知事「工事は予定通り」

解体をめぐっては、市民団体が工事の差し止めを求め、現在、仙台地裁で係争中だ。このことに関して、11月15日の会見で村井嘉浩知事は「解体工事は議会で予定通り進めると認められたので、着実に進める」と述べている。

原寸大であれば迫力はあるが、FRP製も耐久性に優れるなど、一長一短がある。いずれにしても、慶長使節の偉業が幅広い人々に長く伝承されていくことが重要だが、果たして最善策はあるのか。

サン・ファン・バウティスタ号】 17世紀初期、徳川家康の了解を得て、仙台藩主の伊達政宗がスペインとの交易などを目的に建造を命じたとされる。全長約55メートル、高さ約48メートルの木造の洋式帆船。日本で造られた船として初めて太平洋を横断したとされ、その姿は「伊達の黒船」とも呼ばれたという。慶長18(1613)年に支倉常長ら慶長遣欧使節を含む約180人を乗せ、石巻月浦(石巻市)を出航。約3カ月かけて太平洋を渡り、メキシコに到達したとされる。

記者の独り言】 歴史の教科書でしか知らない支倉常長ら慶長遣欧使節を含む一行が乗ったサン・ファン・バウティスタ号の原寸大の復元船を見られるとあって、ワクワクしながら取材に向かった。実際、雄大な姿は迫力があった。解体されるのは確かに残念だ。しかし、4分の1のサイズでも繊維強化プラスチック(FRP)製になれば長期保存もでき、より精密な復元も可能と聞いた。リニューアルオープンしたら、また現地を訪れたい。(大柳聡庸)

会員限定記事会員サービス詳細