ビブリオエッセー

日常に潜む悪意と狂気 「愛と髑髏(どくろ)と」皆川博子(角川文庫)

長らく入手困難だった本書を初めて手に取ったのは佐世保にある古本屋の百円コーナーだった。昭和60年に刊行された単行本が置かれていたのだ。その時まで、「皆川博子ってミステリー作家だよな」程度の認識しかなかった。安いからと購入し、読み始めて瞠目(どうもく)した。

謎めいた表題はこの短編集に収められた一編からではない。巻頭に掲げられたボオドレエルの詩集『悪の華』の詩の一節、「愛の神、腰かけたるよ、『人類』の、髑髏の上に、冒瀆の、こ奴は笑う、恥もなく、これな玉座に」から引用されたものだ。

全8話を貫くのは人間の悪意や狂気。当時の私は、このような描き方で人間の本質を抉(えぐ)る書き手を迂闊(うかつ)にも知らないで過ごしてきた。それは幸いなことだったのかもしれない。けれども開眼してしまったのだ、もう手遅れだ。

たとえば「人それぞれに噴火獣」という不穏な題名の短編。これもボオドレエルの詩集『パリの憂鬱』から採られているのだが、人は皆、誰にも見えないが火を噴く獣を背負って生きているという内容の詩だ。

幼く可愛い妹の優子といつも比較される小学生の姉、蕗子の卑屈な思いもそうだった。友人ができず、器量の悪さを絶えず気にする蕗子が選んだ行動とは…。年端のゆかない子供の残酷さであろうと、著者は容赦なくあぶり出す。

私が本書を読み始めてまもなく、著者の絶版になっていた作品などが続々と刊行され出した。角川文庫版のこの本もそうだ。やはりめぐり合わせとしか言いようがない。

日常の光景をがらりと変えて見せる物語の魔術師に、これからも魅せられてゆきたい。

長崎県佐々町 田中龍太(30)

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