「手を挙げて。はい。いーち、に」。教室で先生の声がすると、児童らが椅子に座ったまま一斉に手をあげ、習ったばかりの漢字を空中で書き順通りになぞった。柔らかい光に包まれた教室に薄い小豆色のベールで頭を覆った少女が2人いた。ムスリム(イスラム信徒)の女性が頭部などを覆い隠す行為だ。
ここは大阪市立大和田小学校(同市西淀川区)。すぐ近くにムスリムが集うモスク「大阪マスジド」がある。2人は1年生で、双子の姉妹のアイシャちゃん(7)とアイナちゃん(7)。学校はどう、と聞いてみると「楽しい。勉強好き」と声をそろえた。
父親のアブドゥッラーさん(47)はインドネシアのロンボク島出身で、平成9年に来日し、仕事を始めた。双子の姉妹は日本で生まれたが、国籍は両親と同じインドネシアとなるという。
学校は給食の時間。クラスの友達が手にしているプレートには、おかずやご飯が載っているが、姉妹はご飯だけ。席に着くと、小さな弁当箱を取り出した。なかには母親のマリアさん(34)が作ったおかずが入っている。イスラムの戒律に従って調理されたハラール食だ。
いつの間にかアイシャちゃんが頭を覆っていたベールを脱いでいた。なぜ、と聞くと「暑いから」。一方で、アイナちゃんは「外したら恥ずかしい」とかぶったままだ。自宅ではインドネシア語だが、学校では日本語を不自由なく話す。
学校の様子を聞いたアブドゥッラーさんは、「双子でも別人だから、違うね」と苦笑い。2人の学校生活について「友達との関係が心配。日本では外国人の子供はいじめられるって聞くし」という。教室で同級生としゃべったり、校庭で一緒に遊んでいることなど、学校で見た様子を伝えると、少し安心した様子だった。ただ、「日本で育ったら、インドネシアに帰らないと思う。どこも行かれへん」とつぶやいた。
日本は難民を受け入れることが欧米諸国に比べれば、はるかに少ない。移民受け入れ制度も整備されているわけではない。社会の同質性の高さも相まって、外国人が暮らし、育つ環境が充実しているとはいいがたい。日本で暮らすアブドゥッラーさんたちは、常に不安を抱えているようだ。
「将来、何になりたいの」と聞くとアイシャちゃんは「ドクター」、アイナちゃんは「警察官」。将来がどうなるかは、本人の意志以外に、今後の日本の社会構造や制度がどうなっていくかにもよる部分もある。
アブドゥッラーさんにも将来について聞いた。
「いつも娘のそばにおりたいな。結婚するまでな。いや、子供産んでもな」
父親の心持ちというだけでなく、日本で外国人が生きていくために必要な覚悟の一端が見えたように思えた。
(写真報道局 安元雄太)