学芸万華鏡

出版界で「脱東京」の地殻変動 地方の出版社発ベストセラー続々

地方の出版社からユニークな本が生まれている
地方の出版社からユニークな本が生まれている

地方の出版社から、ベストセラーが次々と生まれている。出版点数を絞った丁寧な本作りで、刊行した本の6割超が重版という出版社も。情報の集積地・東京から距離があるからこそ、流行に振り回されることなく企画ができ、ヒット作につながっているようだ。

流行に左右されずに

今年の山本七平賞を受賞した『進化思考』(太刀川英輔著)。実は、人口約2200人の離島にある出版社が作った初めての本だ。

出版したのは「海士(あま)の風」。島根県隠岐諸島のひとつ、海士町にある地域振興の会社、「風と土と」の出版社だ。英治出版(東京都)協力のもと、平成31年から出版事業を始めた。

出版社の多くが東京に集中しているが、海士の風の萩原亜沙美さんは、「海士町は離島で隔絶した土地。情報を自分で取りにいかないといけないですが、その分、人として大切にしたいこと、テーマが見えてくる」と話す。著者や翻訳者には、海士町を訪れてもらうといい、共感や人とのつながりを重視。刊行ペースは年間3タイトルを予定しているという。

『進化思考』は創造性発揮のための具体的な手法をつづった本だ。海士の風では、企業研修などの経験を生かし、「本の中身を広げていきたい」と、発売後もイベントを開く。

著者の太刀川さんは離島の出版社から本を出した理由についてこう話す。

「大手から出版の誘いもあったが、もともと、海士の風の立ち上げの議論にも関わっており、仲間の取り組みを応援する形で本を出したかった。世界は辺境、地域から変わっていくと信じている。離島の新しい出版社から出版するのはチャレンジだけれど、だからこそ奇跡的なことが起こるかもしれないと考えた」

その上で「コロナでオンラインが進んだこともあり、コミュニケーションに全く問題がなかった。進化思考が、今、海士町の高校教育などで実際に街のために使われているのを感じられるのは、地域の出版社だからこそです」と、地域密着型出版社のメリットと可能性を語った。

明石からベストセラー

刊行した書籍の約65%が重版になる-。兵庫県明石市の「ライツ社」は社員数6人の出版社だが、次々とベストセラーが生まれている。平成28年に創業、今月発売の新刊も含めて刊行点数は33点。『ひと口で人間をダメにするウマさ! リュウジ式悪魔のレシピ』は22万部、今年9月に出版された『認知症の世界の歩き方』は9万部を突破した。

代表の大塚啓志郎さんは京都の企業で出版事業を担当していたが、当時の同僚とともに独立。大塚さんは「実家が明石にあり、祖父の持っていたビルが空いていた。前職も京都だったので東京という選択肢はありませんでした」と語る。

レシピからビジネス書までジャンルは幅広いが、「類書がない」ことを大切にしている。7万部のヒットとなった『毎日読みたい365日の広告コピー』。「他社の広告コピーの本と掲載されているコピーは同じものもあるかもしれません。でも、『毎日読める』という切り口にしたことで名言集のように読めるし、専門書ではない棚に置いてもらえる」と大塚さん。

企画力の源泉は、明石での「普通の暮らし」にあるという。「以前は深夜2時まで働くこともありましたが、今は夕方には帰宅します。普通に生活しているからこそ気づくことはたくさんある。出版点数も少なくなりますが、その分、本作りやプロモーションに時間がかけられる」と話す。地方の出版社という意識はないが、「新幹線に乗って著者に会いに行くと面白がられるので、そこはメリットかな」と大塚さん。

アプローチ多様に

今年創業したのが、京都の出版社『木星社』だ。スポーツや自然、ドキュメンタリーなどの本を刊行していく予定だ。代表取締役の藤代きよさんは「京都は、東京とはまた違ったいろんな国、ジャンルの人が集まっていて、京都ならではの刺激がある」と話す。

木星社では、メディアプラットフォームの「note」やSNSなどを通じ、情報を発信。さまざまな角度から読者へのアプローチを考えている。

今月、1冊目となる『ほんとうのランニング』(マイク・スピーノ著)を出版。ランニングを通して、自分の心や自然などに目を向け、豊かな時間を過ごすことをつづったエッセーだ。藤代さんは「世界のどこにいても本は作れる。国や言語が異なっていても、同じ文化やスポーツを楽しむコミュニティーはたくさんある。そんなつながりを生かして本を作ったり、海外の本を紹介したり、コミュニティー同士をつなげるような取り組みができたら」。

書店との接点容易に

SNSなどでプロモーションが容易になったことに加え、ネット書店やオンライン会議など、デジタル環境の充実も地方出版社の躍進を後押ししている。

昨年始まった「一冊!取引所」は、書店と出版社をつなぐオンラインプラットフォームだ。約90の出版社と850以上の書店が参加。直取引から取次経由の発注まで対応、チャット機能でやり取りもできる。出版社と書店のコミュニケーションを円滑にし、事務作業を軽減する狙いだ。

運営する「カランタ」の代表取締役は三島邦弘さん。東京・自由が丘の出版社「ミシマ社」の代表取締役でもある。三島さんは「書店側からは、出版社のホームページをひとつひとつ見に行くのが大変だという声を、出版社側からは書店へ営業に行く難しさを聞いていました。今は受発注もFAXでのやりとりが多いですが、一冊!取引所を使うことでFAXも不要になったという声があります」と話す。サイト上には、新刊情報なども掲載、一般ユーザーも楽しめる作りにした。

三島さんは「ここ5~6年は小さな出版社も増えているが、継続できる仕組みが必要。新規参入が活発になるようにして、業界全体をもっと盛り上げていきたい」と話している。