世界が新型コロナウイルス禍と対峙(たいじ)して約1年半。4年に1度の祭典である五輪が、1年遅れで開催される7月を迎えた。しかし、感染は第5の大波となって国内を襲い、東京都には4回目の緊急事態宣言が発令。「国民と世界から歓迎される五輪に」という菅義偉首相の決意とは裏腹に、開催の是非、観客の有無などで世論は分断された。
感染深刻、4回目緊急事態
東京五輪が目前に迫ってきた。東京都江戸川区小岩地区の商店街には1日、競泳女子の地元のスター、池江璃花子(りかこ)選手の活躍を願い、応援ポスターが掲げられた。近くの主婦は「白血病からの復活には勇気をもらった」。ポスターには「静かに熱い応援を」とのメッセージも添えられ、五輪開催が新型コロナウイルスの感染拡大を招くという抗議の声への配慮が見えた。
「菅義偉政権が五輪を強行しようとしている」―。こんな批判はいっこうにおさまらない。4日投開票の東京都議選では、前回惨敗した自民党が第1党に返り咲いたが、それでも公明党と合わせて過半数には届かず。都民ファーストの会は、過労で入院していた小池百合子都知事が復帰して姿を見せ、予想以上の巻き返しで自民に肉薄した。感染状況が悪化する中で近づく五輪、告示日前後に明らかになったワクチン確保の不手際など、都議選に政権批判が反映されたのは明らかだった。
開催地から遠い地方とも温度差があった。秋田県の佐竹敬久(のりひさ)知事は2日、県議会で「五輪そのものが住民から歓迎されなくなる」などと述べ、開催に疑問を呈する。菅政権の足元は大きく揺らぎ始めていた。
東京都のモニタリング会議で専門家は、都内の新規感染者が1日当たり2500人を超えた「第3波」を上回る、急激な感染拡大が起こりうると警告する。兆候は見えてきた。全国の新規感染者は月初めに1000人台、7日に2000人超、14日に3000人超と急激に増加。15日にはコロナによる累計の死者が1万5000人を超えた。
バブル方式…綱渡りの運用
こうした状況の中でも海外選手らの入国は本格化。感染防止策をまとめた規則集「プレーブック」の適用も始まったが、ウガンダ代表選手の感染が確認されるなど、世間の不信感は拭えない。五輪関係者は、選手らを大きな泡(バブル)の中に包んで外部との接触を遮断する「バブル方式」の徹底を改めて確認する。
米有力紙のスポーツ部門責任者らは取材制限に関する抗議書簡を大会組織委員会に提出する。これに対し加藤勝信官房長官は2日の会見で「厳格な防疫対策などに協力してほしい」と理解を呼び掛けた。関連するあらゆる分野で綱渡りが続く。
演出担当の辞任・解任相次ぐ
五輪開会までの日数と感染状況をにらみながら、政府や都、組織委などによる5者協議が8日開かれ、東京、埼玉、千葉、神奈川の1都3県の無観客開催の方針が固まった。史上初の無観客五輪だ。同日、政府は東京都に対し、4回目となる緊急事態宣言を12日から発令(8月22日まで)することを決定。宣言下での五輪実施が確定した。
東京都への宣言発令を受け、西村康稔(やすとし)経済再生担当相は8日、休業要請に応じない飲食店の情報を金融機関に提供する考えを表明。この強権的な対応に一斉に反発が起き、翌9日に発言を撤回、政権に大きな打撃となる。追い打ちをかけるように、五輪開会式で重要な役割を担っていたミュージシャンらが、いじめなど過去の言動を理由に相次いで辞任・解任。社会全体が暗い怒りと焦燥感に包まれた。
WHO「収束には程遠い」
ワクチン接種で先行した欧米では日常を取り戻す動きも。バイデン米大統領は独立記念日の4日、ホワイトハウスに医療関係者ら約1000人を招き、「私たちは暗黒の1年から脱却した」と演説した。
英政府は19日、ロンドンを含む南部イングランドでの行動規制をほぼ撤廃。「ウイルスと共生する社会」を目指し、感染対策の義務化から個人が自己責任で感染防止に努める方針への転換だった。
世界保健機関(WHO)の緊急委員会は15日、パンデミック(世界的大流行)が「収束には程遠い」として変異株流行に警戒感を表明。米疾病対策センター(CDC)のワレンスキー所長も16日、デルタ株の感染が米国内で拡大し、「ワクチン未接種者に大流行が起きつつある」と述べた。
日本では五輪開幕前日の22日、新規感染者数は5390人(東京1984人)に達していた。
(38)2021年7月23日~ メダルラッシュの中、迫る医療崩壊