一筆多論

岸田流「聞く力」の正体 大谷次郎

第3回新しい資本主義実現会議で発言する岸田文雄首相=26日午後、首相官邸(矢島康弘撮影)
第3回新しい資本主義実現会議で発言する岸田文雄首相=26日午後、首相官邸(矢島康弘撮影)

新しい資本主義実現会議、デジタル田園都市国家構想実現会議、全世代型社会保障構築会議、公的価格評価検討委員会、経済安全保障推進会議…。

出だしから漢字だらけで読むのがいやになったかもしれないが、列記したのは岸田文雄首相が看板政策を具体化させるために新設した会議の数々だ。これだけの会議を短期間で立ち上げた首相は記憶にない。それだけ今の日本は多くの課題を抱えているといえる。

多くの会議は岸田首相がトップに就いた。大学教授や地方自治体の首長、企業経営者ら有識者がメンバーにおり、多様な意見を聞いて看板政策に反映させる場となる。

ただ、いくら多くの意見を聞いても、消化不良だったり、欲張りすぎたりしては、逆に目指すゴールがぼやけてしまう。さまざまな意見を聞いたうえで、的確にゴールを絞り込み、突き進む必要がある。

そこで、過去の首相を振り返ってみると、それぞれ「聞く力」を備えていた。それを武器にもしていた。

菅義偉前首相は朝昼晩の食事を必ず誰かと一緒にとってきた。さまざまな分野の人から情報を集め、時々の判断材料にした。しかしコロナ禍の真っただ中に首相に就任し、会食を封印せざるを得なくなった。「首相時代、会食ができなかったことが一番つらかった」と振り返っている。

安倍晋三元首相は話し相手の言葉をよく「オウム返し」する。「立憲民主党と共産党の『共闘』はおかしい」「ああ、立共共闘はおかしい」。そうして相手の言葉を咀嚼(そしゃく)しながら、疑問点があれば修正する。会話の中から何かヒントを得ようとする姿勢から身に付いた〝癖〟といえる。

麻生太郎元首相は会合中に秘書から連絡メモが差し入れられても「いま○○さんと話をしている。あとにしてくれ」と突っぱねていた。話を真剣に聞こうとする姿勢はすぐに相手に伝わる。だが、そうした魅力は近くにいないとなかなか伝わらず、「半径2メートルの男」と呼ばれるようになる。

岸田首相にとって宏池会(岸田派)の大先輩、鈴木善幸元首相は「聞く力といえば善幸さん」(自民党幹部)といわれる人物だ。

ある日、鈴木派(当時)事務所にベテラン議員が報告をしにきた。内容は3日前の報告と全く同じだったが、鈴木氏は20~30分間じっと黙って聞いていた。ベテラン議員が退出し、同席していた議員が「3日前と同じじゃないですか」と聞くと、鈴木氏は一喝した。

「違う話があるかもしれないだろ!」

さて、岸田首相の「聞く力」とは何なのか。岸田首相は先の衆院選で、国民の悩みや苦しみ、アドバイスなどをつづってきたという「岸田ノート」を掲げながら「今後も皆さんの声を丁寧に聞き、新しい時代を切り開いていく」と訴えた。

宏池会関係者は「岸田さんの『聞く力』はボトムアップの政策遂行のことだ」と語る。強いリーダーシップで集団を引っ張るのではなく、集団が自然と進む方向を見極めながら集団を束ねていく手法だという。

だからこそ有識者らを集めて新設した数々の会議。看板政策を看板倒れにさせないよう岸田首相が自賛する「聞く力」を存分に発揮してほしい。一気呵成(かせい)といかなくても、間違いのない方向に日本を導くために。(政治部長兼論説委員)