「弟子」が「師匠」飲み込むか 関西スーパー争奪戦

関西スーパーマーケット(兵庫県伊丹市)は関西で老舗の中堅スーパーとして親しまれている。創業者の故・北野祐次氏が導入した米国流の生鮮食品の鮮度を保つシステムなどは「関西スーパー方式」として全国に広まり、業界に名をとどろかせた。買収提案をした首都圏地盤のオーケー(横浜市)も人材を派遣して教えを請い、現在の隆盛の原点を構築したという。「師匠」を飲み込もうとする「弟子」と、立ちはだかるH2O。関西スーパー争奪戦の背景を検証する。

業界の礎築く

「スーパーマーケットに夢(ロマン)をかける男」。争奪戦の重大局面となった10月29日の関西スーパーの臨時株主総会の会場入り口には、こう題した北野氏の胸像が置かれ、株主を出迎えていた。

関西スーパーは昭和34年、北野氏らが創業。北野氏は42年に視察した米国のスーパーで、冷蔵ケースに並ぶ新鮮な野菜や果物に衝撃を受け、店頭の売れ行きに応じて加工、品切れを減らすシステムを開発。「日本の食品スーパーマーケット業界の礎を築いた」(胸像の説明)とされる。

全国のスーパーから研修生を受け入れ、1980年代のオーケーもその1社。近年は市場の変化やライバル台頭もあり「関西スーパーはごく普通のスーパー」(アナリスト)となり、令和3年3月期の売上高は1309億円。オーケーは「エブリデーロープライス(毎日安売り)」を武器に急成長し、同期の売上高は初めて5千億円を超えた。

オーケーにとって、地盤の首都圏は〝飽和状態〟で出店余地がなく大都市圏・関西への進出が悲願だ。

関西スーパー買収を手段とすることに関し、オーケーの二宮涼太郎社長は産経新聞の取材に「関西スーパーは業界のリーダー的存在で、創業者の飯田(勧会長)も基礎を教えていただいた。研修を受けた者が店長や取締役におり、ご縁やご恩がある」と強調した。

関西で60店舗以上を展開する関西スーパーを手中に収め、一気に勢力を拡大したい狙いもある。

企業株主に踏み絵

一方、本業の百貨店事業が苦戦するH2Oとって、関西スーパーを傘下に加えることは、「第2の柱」と考える食品事業の強化につながる。関西スーパーは「(オーケーとは)仕事のやり方が違う」(首脳)とするようにオーケーへの拒否感が強い。統合はH2Oとの利害が一致した形だ。

臨時総会で〝踏み絵〟を踏まされたのが関西スーパーの株主だ。TOB価格を含めたオーケーの魅力的な提案に、H2Oとも取引がある企業株主には「心の中ではオーケー」と話す人もいたが、「取引を切られる」(関係者)懸念から忖度(そんたく)する企業が相次ぎ、反旗の動きは目立たなかった。

司法で統合が認められない場合に有力視されるのが、関西スーパーが臨時総会を再度開き株主の承認を得ることだ。前の総会で賛成した企業株主の多くは再び賛成に回るとみられる。

反対した企業株主や個人株主の賛成を得るには、統合後の事業計画などを魅力的なものに見直す必要があるが、「厳しい道になる」(帝国データバンク大阪支社の昌木裕司情報部長)との見方は多い。(井上浩平)

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