「デジタル田園都市」の未来を秋田に見た テレワーク×農業体験

民宿でテレワークする近藤博紀さん(写真左)と、ネギの皮むき作業をする近藤さん=秋田県八峰町
民宿でテレワークする近藤博紀さん(写真左)と、ネギの皮むき作業をする近藤さん=秋田県八峰町

ツンとするネギの香りの向こうに、2030年の近未来がほの見えた。愛知県在住のエンジニア、近藤博紀さん(43)は今月中旬、北へ640キロ離れた秋田県の小さな町で長ネギの皮むき作業を続けていた。

一枚一枚、むいていくたびに、ネギの白く美しい肌が現れる。

「無心になれる。心が、ととのう」

近藤さんは、世界自然遺産の白神山地のふもと、秋田県八峰(はっぽう)町で農作業とテレワークという「半農半X(エックス)」生活を体験する事業に参加していた。岸田文雄内閣の目玉政策「デジタル田園都市国家構想」を地で行く試みとして、注目を集める秋田県の新事業だ。

夕方、皮むき作業を終えた近藤さんは農家民宿へ戻ってワイシャツに着替え、座卓へ向かった。ノートパソコンにつないだディスプレー越しにテレビ会議へ出席。ひと息ついたころ、民宿のおかみさんが「夕食ですよ」と声をかけた。

「2030年」を先取り

今月11日、首相官邸。デジタル技術による変革「DX(デジタルトランスフォーメーション)」が約8年後の2030年、社会に行き渡ることを目指すデジタル田園都市国家構想実現会議の初会合で、岸田首相はテレワークなどを挙げ「地方での先導的なデジタル化の取り組みとして支援していきたい」と述べた。

秋田県の試みは、自分の本業をテレワークで農村へ持ち込みながら、農作業やハタハタの水揚げを手伝うことで副収入を得られる仕組み。背景には人口減少時代を迎え、農林漁業の深刻な担い手不足がある。

近藤さんは農業経験なし。勤め先の休暇制度を利用する際、「せっかくだから、農業や林業など体を動かす経験をしたい」と考えたのがきっかけという。

グーグルで「農業」などと検索していたら、サジェスト機能で「半農半X」という見知らぬ言葉が出てきた。今回の事業を受託する八峰町観光協会のサイトにリンクされていた記事の一節に、背中を押された。

《起業家やフリーランスだけでなく…企業の事務・技術系の社員に来てもらいたい》

「僕でもいいんだ」

会社支給のノートパソコンや息子のゲームPC用ディスプレーを衣装ケースに詰めて送り、秋田空港へ飛び立った。

都市にない何かを求めて

日本海に面した八峰町は、風の町だ。風力発電の白く巨大な風車が林立し、天候が目まぐるしく変化する。雨上がりのネギ出荷場で、近藤さんの副業先「白神農産」の畠山正夫専務(51)は「人手が足りないので、助かる」と話す。

近藤さんは「いまどきの会社員は、会社の仕事だけでなく、何か活動することに楽しさを求めている。これからは会社もそうした活動を認めていくだろうし、本業以外に農業や漁業で働ける機会があれば、飛びつくと思う」と語った。

ただ、民宿内はドコモもauも電波が弱く、テザリングができないという。

「Wi-Fiが飛んでいるのでテレビ会議は出られるが、やっぱりインフラ整備を進めてもらいたい」

DXの進展によって会社員がどこでもテレワークできるようになり、まるで都会で働く農家の息子が稲刈りに帰ってくるように、都市の人々が代わる代わる農山漁村へ出かけて手伝いをするようになれば、農林漁業の担い手不足も無理なく解消できる期待が広がる。

都市にはない何かを求めて、11月は近藤さんら2人、12月は5人が全国からやってくる。秋田の小さな町から未来が始まっている。(徳光一輝)