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忘れられていく日本の暦 裏千家前家元・千玄室

茶道裏千家前家元、千玄室さん=京都市上京区
茶道裏千家前家元、千玄室さん=京都市上京区

日本は古来、月の動きを中心とした陰暦を用いていたが、諸外国と肩を並べ同等に交流する利便性で明治6年に現在の太陽暦に変えた。旧暦は、日本の気候風土になじみ農業中心の生活に便利であったのだが。

地球は太陽の周りを365日と少々で1周するが、旧暦では1年が354日とされており、そのままにしておくと季節が少しずつずれていくから、閏(うるう)月を作り、1年が13カ月になる年が2~3年に1度回ってきていた。現在、4年に1度、2月を1日多い29日とすることで調整しているのと同じ原理である。

現在の暦とは1カ月くらいずれる感もあるが、昔はこの暦に従い農作業を進めていったもので、五節句二十四節気(ごせっくにじゅうしせっき)を以(もっ)てくくりとしていた。陰陽という考え方を重んじる中国では奇数が「陽」で縁起が良く、偶数が「陰」で縁起が悪いと考えられたため、五節句は1月7日を人日(じんじつ)の節句としたほかは、奇数が重なる月日とされた。3月3日が上巳の節句、今でいう雛(ひな)祭り。5月5日は端午の節句、7月7日は七夕の節句、それぞれなじみ深い節句であろう。

しかし、9月9日が重陽の節句、菊の節句であることは今ではあまり言われない。「9」は奇数の一番大きな数で、非常にめでたい数字なのだが、この節句はすっかり忘れられてしまった。二十四節気でも立春、春分、秋分、夏至、冬至などは今なお身近な言葉だが、その他はというと、知る人も少ない。

旧暦で30日の月と29日の月があったように、現代の太陽暦でも31日の月と30日以下の月があり、少し前まではそれぞれ大の月、小の月と呼んだ。私の幼い頃は小の月を「西(にし)向(む)く侍(さむらい)」=二四六九士(さむらい)(十一)と覚えたものだが、これも今の子供は知らないかもしれない。

今年も重陽の節句が過ぎると、街の至る所でカボチャを目にした。10月31日のハロウィーンの飾りであるが、年々目にする時期が早まっている気がする。昨今は新型コロナウイルス禍で家で過ごす時間が長くなり、楽しみを多くしたいとの思いもわからぬでもないが、海外がルーツのこの祭りを祝うのであれば、先日の新嘗祭(になめさい)のことももっと知ってほしいものだ。

新嘗祭は宮中祭祀(さいし)として天皇が行い、即位後初めてのものは大嘗祭(だいじょうさい)というが、一般の神社などでも行われている。五穀の収穫に感謝を捧(ささ)げる気持ちの表れなのだが、若い方の中にはそもそも新嘗祭を知らない方もおられるのではないだろうか。

新嘗祭は旧暦では11月13日から24日の間を変動していたが、太陽暦では11月23日に固定され、戦後、勤労感謝の日という祝日となった。勤労に感謝することは非常に大切だが、新嘗祭と切り離された単なる休日としてしかとらえられていないようで寂しい限りである。日本の歴史の基には神話があり、その系譜は天皇家が引き継ぎ今があると考えられている。後に大陸から渡った仏教とともに神仏混淆(こんこう)の緩やかな思想文化を育んできた日本という国を、もっと理解し大切にしてほしいと思うのである。 (せん げんしつ)