TOKYOまち・ひと物語

苦境のラムネ、作り続ける 東京飲料の寺田龍社長

ラムネへの思いを語る東京飲料社長の寺田龍さん=東京都中野区(太田泰撮影)
ラムネへの思いを語る東京飲料社長の寺田龍さん=東京都中野区(太田泰撮影)

夏祭りなどで見かける涼しげな見た目の「ラムネ」は、風物詩ともいえるほど日本人になじみ深い存在だ。しかし、近年は後継者不足などによる製造会社の減少や、新型コロナウイルスの影響で祭りが中止になるなど、厳しい環境にある。創業90年以上の「東京飲料」(東京都中野区)は、都内に残る数少ない製造会社の一つ。社長の寺田龍さん(50)は「需要がある限り作り続けたい」と話す。

料理店、会社員を経て

中野駅から徒歩15分ほどの住宅などが立ち並ぶ閑静な一角。昭和4年の創業から同社はこの地でラムネ製造に取り組んできた。現在、寺田さんを含めて従業員は8人で、ラムネやサイダー、割り材(酒を割って飲むための炭酸水や果汁などのこと)など約20種類の商品を取り扱う。

「小さいころからこの職業を見ながら育ってきた」という寺田さん。実は跡を継ぐまでの経歴は多様だ。

高校卒業後はシェフを目指して調理師免許を取り、六本木のフランス料理店で働いた。バブル崩壊などを契機に一念発起して大学に入学。卒業後は金融機関で約3年間勤めた後、祖父の代からの会社を継ぐことを決意。入社後、平成26年に3代目の社長に就任した。

当初は戸惑いのほうが大きかったといい、「自分が作ったものを、まったく見ず知らずの人たちに飲んでもらう。その責任が怖かった」と振り返る。

全国で30社あまりに

ラムネの定義は、瓶の口をビー玉で栓をした炭酸飲料。製造の担い手は中小企業が中心だが、その数は減少を続けている。

全国清涼飲料連合会や全国ラムネ協会によると、ラムネの生産量のピークは昭和28年の約4億1500万本。その後は飲料市場の多様化などで徐々に後退し、平成23年には約7千万本まで減少した。かつては全国で約2300社あった製造会社も、現在はわずか30社あまりとなっている。

そうした状況下で、同社はこれまでラベルに「萌(も)えキャラ」をあしらった「萌えラムネ」や、昭和時代の昔ながらの味を再現しようとした「ラムネ屋さんのサイダー」などユニークな商品展開にも挑戦してきた。

ラムネの生産量は年間約70万本。ラムネといえばレトロな瓶入りを想像しがちだが、時代の流れで「落としても割れないようにプラスチック製のものが主流になっている」という。

瓶入りラムネは基本的に回収して再利用が可能だ。ビー玉をいったん外して、専用の機械で洗浄してから新しい中身を詰める。洗浄には労力もかかるが、「ビールの王冠などと違って、ラムネのビー玉は何回でも使用できる。『エコ』なデザインになっているんです」と強調する。

海外からの注目も

夏から秋にかけては需要が多い時期だが、新型コロナの影響に伴うイベントの減少や飲食店の自粛が影響し、今年は同社の売り上げも例年の7割減の落ち込みだった。緊急事態宣言中は機械の稼働を一時的に止め、通信販売が中心になったこともあった。

それでも各地から来る注文が、「自分のところの商品を選んでくれて本当にありがたい」と心の支えになったという。宣言の解除後は、徐々に同社の工場も活気を取り戻しつつある。

最近はラムネが米国などで注目され、海外からも問い合わせが来るようになったことは、うれしい出来事の一つだ。

「ラムネは日本の文化の一つで、高い知名度は強みになる。厳しい状況だが、需要がある限り、頑張ってラムネを作り続けたい」

(太田泰)

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