御朱印巡り

思い思いの石神仏約800体 長野県筑北村 修那羅山安宮神社

修那羅山安宮神社の拝殿=長野県筑北村(原田成樹撮影)
修那羅山安宮神社の拝殿=長野県筑北村(原田成樹撮影)

長野市と松本市の真ん中辺り、筑北村坂井に石神仏(せきしんぶつ)群で知られる修那羅山安宮(しょならさんやすみや)神社がある。江戸の終わりから明治の初めにかけてこの地で加持祈禱を行って人々の信仰を集め、最後の修験者ともいわれた修那羅大天武(だいてんぶ)(愛称・しょならさん)が万延元(1860)年に開山。没後に合祀(ごうし)され、現在の名に改称された。

同神社宮司の宮坂宗則さん(51)は「人の顔を見ただけでどんな病気か分かり、通りがかりの家に病人がいると頼みもしないのに治していたそうです」と話す。上田城主や松本城主も世話になったとされるが、松本城主の家来が頼みに来た際にはいったん断ったというから、強いものにもへつらわない豪傑だったようだ。

境内である修那羅山には、石神仏が818基、屋内には木神仏が約160基ある。しょならさんは金品などを受け取らず、祈禱などの謝礼として神仏が次々に寄進されていったとみられている。そのため五百羅漢のように統一感はなく、寄進者それぞれの思いが形になっている。最も古い年代が刻まれたものは文政6(1823)年からある。