新聞に喝!

国民の審美眼を見くびるな 美術家・森村泰昌

マイナンバーカード=兵庫県豊岡市役所(谷下秀洋撮影)
マイナンバーカード=兵庫県豊岡市役所(谷下秀洋撮影)

私は一介の美術家である。それゆえにか、政治や経済に関する報道を目にしても、それらをどうしても「美意識」の問題として捉えてみたくなる。「美意識」など文化欄で語ればよいとのご意見もあるとは思うが、果たしてそうだろうか。

一例として最近の話題であるマイナンバー報道を取り上げてみたい。低迷するマイナンバーの普及率アップを目指し、岸田文雄内閣は最大2万円分の「マイナポイント」付与を打ち出した。他国でも特典付与によって例えばワクチン接種率がそれなりに改善した実績があるわけで、近似的なアイデアを適用するのは、確かに理にかなっている。

しかしその半面、金銭の授受やそれと似た方法で何事かを解決させるという方策は、生活困窮者への支援などを除けば、文字通りなかなか「ゲンキンな話」だなと私は、自分の「美意識」にそぐわないものを感じる。岸田内閣を批判しているのではない。与野党いずれも、自分たちの政策を構想するにあたり、審美的価値などを考慮に入れるはずもないし、さらには政策を伝える新聞も、市民の歓迎の声や経済効果を疑問視する声(産経12日付朝刊)を掲載しているが、「美意識」問題は論点の埒外(らちがい)に置いている。

さて以下の私見は、くだらぬ戯言(ざれごと)に聞こえるかもしれないが、覚悟の上で提案してみたい。と言いつつ思い浮かべているのは、役所でマイナンバーカードを取得した時の、あの残念な気持ちのことである。申し訳ないが、カードを手にした時の満足感や楽しさや驚きがあまりにも少な過ぎた。むろんそうした目的のために作られたカードではないのは分かっている。しかし例えば日本の紙幣は実用的価値を超えて、デザインの「美」というまた別の意味において、「円」の価値を高め得たとは言えないか。切手なども同様だが、実用的であればそれで事足れりだとは必ずしも言えないように思われる。

政策という大局的に物事を捉えなければならない立場からすれば、末端で使われるカードの美的価値など些事(さじ)に感じられるかもしれない。しかし国民の審美眼を見くびってはならない。人々は恐ろしく敏感で、つまらないと思ったことにはたちどころに心の扉を閉ざすだろう。だから、たかがカード、されどカードなのである。美しく魅力的なカードなら持ってみたいと思う人はきっと増える。「美意識」の視点は意外にも新聞の政治・経済報道にとって、今後のキーワードになる。美術家の私はそう信じたい。

【プロフィル】森村泰昌

もりむら・やすまさ 昭和26年、大阪市生まれ。京都市立芸大専攻科修了。ゴッホなど名画や歴史的な人物に擬した写真作品を発表。著書に「自画像のゆくえ」など。

会員限定記事会員サービス詳細