ソウルからヨボセヨ

命がけの激烈な歴史

全斗煥氏(聯合=共同)
全斗煥氏(聯合=共同)

韓国の全斗煥(チョン・ドゥファン)元大統領が亡くなった。思い出すことが多い。筆者は1978~79年に韓国語学留学をして帰国したが、79年10月26日に朴正熙(パク・チョンヒ)大統領暗殺事件が起き、11月3日の国葬で弔問特使の岸信介元首相に同行して戒厳令下のソウルに着いた。年末まで滞在を延長し、全斗煥国軍保安司令官や盧泰愚(ノ・テウ)第9師団長ら若手が軍部の実権を握った「12・12粛軍クーデター」にも遭遇した。

80年5月の「光州(クァンジュ)事件」で産経、朝日、共同通信など多くの日本メディアの支局が閉鎖された後、全斗煥将軍が大統領に就任した80年9月にあらためて特派員として赴任。全政権下で時代を共にした。

実にいろんなことがあった。最も印象に残るのが83年10月、全大統領外遊中のビルマ(現ミャンマー)での北朝鮮工作員による暗殺未遂事件。遠隔操作の爆弾テロで外相ら4閣僚を含め計21人が爆死した。大統領夫妻は命からがら帰国。軍内部では対北報復として平壌爆撃論があり、血判状も回されたが全氏はこれを抑えた。政権末期の87年11月には北朝鮮による大韓航空機爆破テロ(乗客乗員115人死亡)もあった。

反政府デモを含めとにかく激烈だった。国や政治をどうするか? それに北朝鮮のテロも加わりみんな命がけの時代だった。(黒田勝弘)