話の肖像画

渡辺元智(25)死闘、大逆転、最後はノーヒットノーラン

第80回全国高校野球選手権の決勝、京都成章-横浜戦。選手たちに胴上げされる横浜高校の渡辺元智監督=平成10年8月22日
第80回全国高校野球選手権の決勝、京都成章-横浜戦。選手たちに胴上げされる横浜高校の渡辺元智監督=平成10年8月22日

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《平成10年8月、大会中の練習で怠惰な雰囲気が漂っていた。春夏連覇まであと4勝。気の緩みを厳しく叱責し、グラウンドから立ち去った》


このチームの能力は抜群で、普段通りにやれば春夏連覇は大丈夫と信頼していました。キーワードは「安心」で、帽子のひさしに「打倒PL」などと書かず、「安心」「自分を信じろ」で行こうと。にもかかわらず、ダラダラと練習していた。それで一喝し、「やめだ。練習する域に達していない」と先に帰ったのです。あまりの怒りように部長の小倉清一郎も選手たちも何が起こったのか、わからない表情でした。その日は夕食とミーティングも欠席しました。

選手たちは、ことの重大さに気づいたのでしょう。バッティングセンターで打ち込んだ後、夜遅くまで素振りをしていたようです。翌日の星稜に快勝し、その次の日、春に苦戦したPL学園との準々決勝を迎えました。


《主力選手にアクシデント》


この試合、球種を見破られた松坂大輔が二回に3点を先制されましたが、小山良男の2ラン本塁打などで反撃。その後は一進一退で延長戦に突入しました。松坂は炎天下、投げて打って走ってと鬼気迫る活躍でしたが、決勝点が取れない。松坂が頑張っているのに何をやっているんだ。二塁ベース上でつらそうに膝に手をつき、呼吸を整える松坂の息吹が、ベンチにいても伝わってくるようでした。

十六回表、1死満塁から内野ゴロで1点が入った。これで終わりにしたい。その裏は1死三塁とされてショートゴロ。佐藤勉遊撃手がさばいて一塁へ送球した瞬間、三塁走者がスタートを切った。このケースは打者走者より三走です。一塁手の後藤武敏は一塁ベースの前で送球を受けて本塁に転送し、アウトを取らなければならない。練習で何回もやってきたことです。ところが後藤はベースについたまま捕球し、打者走者のスライディングで交錯したのか、本塁への送球が大きくそれた。やっと勝ち越したのに、ミスで同点になってしまった。

この日の後藤は連係プレーでミスして先制点を献上したり、バントの失敗や中途半端なスイングで三振と、気迫不足が目につきました。そこでベンチに帰ってきた後藤を「顔も見たくない。交代だ」と叱りつけた。そして堀雄太に「次の回から一塁手に入れ」というと、堀は「僕はスタメンで出ました。もう出場できません」。この言葉でわれに返りました。試合は十七回表、常盤良太の決勝2ランでようやく勝利。腰の痛みを訴えた後藤は試合後の診察で疲労骨折が判明した。責任感が強い後藤は、叱責した日の夜の素振りで腰を痛めていたのです。


《3試合で奇跡が起きた》


翌日の準決勝は明徳と対戦、松坂は登板を回避し、後藤は「野球生命が終わってもいい」と腰にテーピングをして強行出場しました。試合は2年生の2投手が失点を重ね、打線は七回まで3安打零封で、八回裏に入る段階で0―6。最後は最高のメンバーで甲子園を去ろうと、松坂の登板を決意しました。しかし球場の雰囲気は違っていた。5万人の観衆のうち3千人の明徳の応援だけが響き、普通なら「何をやっているんだ」という声が上がるはずが、まったくない。何かが起きる、何かを起こしてくれる。ジーっと沈黙です。これは何だ、と。

八回裏、4点を返すと球場がどよめき始め、最終回のマウンドに向かうために松坂が右腕のテーピングを剝がし始めたとたん、眠っていた5万人がどーっと目を覚ました。松坂コール、横浜コール。歓声で球場が揺れたように感じたのは初めてでした。気が付けば最終回に3点を奪って逆転サヨナラ。後藤は2本のタイムリーを放ちました。翌日の決勝では松坂が59年ぶりのノーヒットノーラン。1大会のうち3試合で奇跡が起きたのはうちだけではないでしょうか。(聞き手 大野正利)

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