一聞百見

ラジオからアートの世界へ 吉本興業・上野公嗣さん


人にはさまざまな才能がある。お笑い界の雄、吉本興業は、実はアーティストやスポーツ選手などのマネジメントも手掛け、人の能力を引き出すノウハウの蓄積も手厚い。上野公嗣さん(69)は、そのアート部門を担当する責任者だが、元はラジオ局で報道に携わっていた。あの田中角栄元首相らを追っかけまわしていた人が、どうして吉本のアート担当に?

うえの・きみつぐ 昭和27年、大阪市出身。甲南大学を卒業後、50年にラジオ大阪(OBC)入社。大阪府警、国会記者クラブ担当を経て、制作部で「OBCブンブンリクエスト」「ラジオ2丁目劇場」などの番組を担当。定年退職をきっかけに平成20年、吉本興業入社。現在、マネジメント本部アート文化人事業部部長=大阪市中央区(沢野貴信撮影)
うえの・きみつぐ 昭和27年、大阪市出身。甲南大学を卒業後、50年にラジオ大阪(OBC)入社。大阪府警、国会記者クラブ担当を経て、制作部で「OBCブンブンリクエスト」「ラジオ2丁目劇場」などの番組を担当。定年退職をきっかけに平成20年、吉本興業入社。現在、マネジメント本部アート文化人事業部部長=大阪市中央区(沢野貴信撮影)


東京へ、京都へ、沖縄へ

ある会合で2年ほど前に知り合った。

「吉本興業でアートを担当しています」

名刺交換のとき、そううかがった。大阪・難波の吉本興業本社のすぐ近くに同社の直営ギャラリー「LAUGH&PEACE ART GALLERY OSAKA」ができて半年ほどしてからのことだ。

しばらくたって、知人の画家が個展をするというので、そのギャラリーをたずねてみると、白い壁のきれいな、ちょっとしゃれた雰囲気のスペースが現れた。

そこが、いまも上野さんの活動拠点である。

しかし、作家の個展を開きながら、その「城」を守るという仕事だけだと思ったら大間違い。

東京へ、京都へ、沖縄へ。とにかく、あちこちに出向いて、ときに新たな才能を発掘したり、アートイベントや映画祭などにも実行部隊として絡んでゆく。

「メールがむっちゃ多くてパンクしそう」

ギャラリーのバックヤードに置いてあるパソコンをながめながらふともらす。

10月は連日、多忙をきわめた。大阪市中央公会堂で行われた「OSAKA LAUGH&ART 2021」という寄席とアートフェスがひとつになったイベントで、ライブペインティングなどのアート部門を受け持ったり、「京都国際映画祭」では実行委員会の副委員長を務めた。

とはいえ、その忙しさを楽しんでいるところもある。ときには好きな映画制作を手掛けることもあるらしい。

おっちゃんの恩返し

吉本興業に入って5年目の平成25年、地方創生企画「住みます専務プロジェクト」で、近畿エリアの代表に選ばれた。もともと、23年に47都道府県に吉本の芸人を移住させ、そこで仕事を見つけて地域を盛り上げようという「住みます芸人プロジェクト」が企画され、その延長線上にできたのが「住みます専務プロジェクト」。「こっちは50歳すぎたおっちゃんの選抜隊が地方に配置され、地域に恩返しするわけです」

エリアは大阪を除く近畿一帯。そこで上野さんが目指したものは新しい才能の発掘だった。「ラジオ大阪出身ですから、とにかくコミュニティーFMを回ったりして、面白い人を探しました。そのなかで、京都・嵯峨美術大学の安斎レオ教授やゲキメーション作家の宇治茶監督と知り合い、意気投合したんです」

少しずつ異なった絵を撮影して動いているように見せるアニメーションに対して、ゲキメーションは描いた人物や動物などの絵を切り取り、その位置変化で動きを表現する。宇治茶監督は劇画とアニメーションを合体させたこの技法に京都嵯峨芸術大(現・嵯峨美術大)在学中から取り組み、25年には映画「燃える仏像人間」で文化庁メディア芸術祭優秀賞に輝いた。

上野さんは安斎教授とともに、たった1人で作画から撮影までをこなす宇治茶監督を見込んで、長編映画「バイオレンス・ボイジャー」をプロデュース。すると、この作品のアイデアが世界的に高く評価され、2018年にアルゼンチンのブエノスアイレス国際インディペンデント映画祭で審査員特別賞を受賞する。

吉本興業のギャラリーで個展を開いた画家の河野ルルさん(右)と上野公嗣さん=大阪市中央区(上野さん提供)
吉本興業のギャラリーで個展を開いた画家の河野ルルさん(右)と上野公嗣さん=大阪市中央区(上野さん提供)

その後、テレビドラマ「妖怪シェアハウス」(テレビ朝日系)や「ふしぎ駄菓子屋 銭天堂」(Eテレ)にも起用された宇治茶監督。いまや吉本所属で、アート文化人事業部部長、上野さんイチオシのアーティストなのである。