ビブリオエッセー

いくつもの出会いと別れ 「少年と犬」馳星周(文藝春秋)

随分気になっていた小説なのに最近になってようやく読んだ馳星周さんの直木賞受賞作『少年と犬』は、奇跡の出会いが描かれている。

シェパードと和犬との雑種犬の名は「多聞」。この小説の物言わぬ主人公である。東日本大震災から半年後の仙台やその近郊を最初の舞台に物語は始まる。多聞は誰かを探して西へ西へと「旅」をする。その途中で出会う人間たちに短い間だが世話をされ、けがや飢えから立ち直り、また歩き続ける。つかのまの飼い主が次々とバトンをつなぐ連作集だ。

家族のため犯罪に走った男と多聞の出会いを描く「男と犬」、仲間割れを起こした窃盗団の外国人が多聞に安息を見つける「泥棒と犬」、関係が壊れかけた夫婦の前に多聞が現れる「夫婦と犬」…。いくつもの出会いと別れを重ね、舞台は福島から新潟、富山へと移る。風俗で働く女性や老いた猟師らと繰り広げる短いけれど温かな交流。そして大震災から5年の歳月を経て、一人の少年のもとへたどり着く。

一つ一つの章は短いながら登場人物の背景描写が上手で物語に引き込まれた。多聞は人間の孤独を嗅ぎつけて現れる。そして静かに寄り添う。関わった人間たちは不幸な環境にありながら徐々に癒やされていく。

多聞は飼い主に忠誠を尽くしながらも使命を忘れていない。それは記憶の奥にある大切な人との再会だ。賢く思慮深く、超然としたその存在はまさに多聞天、神の使いのようだ。

老人施設で過ごしていた母が101歳で亡くなる間際、ドッグセラピーを受け、5匹の子犬が施設にやってきた。母は白い子犬を引き寄せ、初孫を抱いたときのような笑顔を見せた。その時の写真が今も仏壇に飾ってある。毎日、母の笑顔を見ながら過ごしている。

大阪府枚方市 中川良子(80)

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