論壇時評

12月号 「輝かしい戦後」の後始末 文化部・磨井慎吾

所信表明演説を行う岸田文雄首相 =10月8日、衆院本会議場(矢島康弘撮影)
所信表明演説を行う岸田文雄首相 =10月8日、衆院本会議場(矢島康弘撮影)

令和の日本で、社会科の教科書から抜き出したような昭和中期のノスタルジックな言葉がにわかにはやり出している。首相の岸田文雄が「令和版所得倍増を目指す」と大見えを切ったかと思えば、野党第一党は先日の総選挙で「1億総中流社会の復活」を公約として打ち出した。先行き不安な時代にあっては、過去の成功体験の再現を求めるのが常である。かくして戦後日本の最も輝かしい時代として記憶される高度成長期のリバイバルを、与野党ともに叫ぶ奇妙な状況が出現した。

共通するキーワードは「分配」だ。今年に入り、経済メディアでは国際的にみた日本人の賃金の長期低迷やその結果としての物価安など、「貧しい」「安い」日本が頻繁にクローズアップされるようになった。中間層がやせ細ったこの現状を招いたと目されているのが過去20年ほどの新自由主義的政策で、その転換を図る「新しい資本主義」を所信表明演説で掲げた岸田は、「アベノミクスは経済成長において大きな成果をあげました。ただ、その恩恵がなかなかトリクルダウンして所得の低い人までおりてこなかった。市場と競争に全て任せていても、成長の果実は還元されません。(中略)低所得層や中間層への分配にも目配りしたい」と、文芸春秋での作家・エッセイストの阿川佐和子との対談で述べている(「岸田総理に『聞く力』を聞く」)。阿川が時折放つ踏み込んだ質問に対し、失言はないが当意即妙のリップサービスもない〝のれんに腕押し〟の対応も含め、首相のキャラクターを示すという点で興味深い対談ではある。

歴史家の山内昌之は、この所信表明演説について、「私が共鳴するのは、彼がその言葉自体は用いていないものの、昔の表現でいうところの『新中間大衆』を社会の核に取り戻す姿勢をみせている点だ」と、「一億総中流社会」をめぐる1970~80年代の議論を参照して読み解く(Voice「台湾危機という外交試練への覚悟」)。新中間大衆とは、高度成長を通じて拡大した、自己を中流だと認識する「人口の巨大な中央部分」のことで、山内によれば「戦前でいえば下層に位置していた人びとが、戦後の経済成長で豊かになり、その分だけ、中流が分厚くなった」。

こうした厚い中間層が生まれた背景には、戦後の住宅政策が大きな役割を果たしている。戦前の都市部ではほとんどの人が借家暮らしであったのに対し、戦後は経済対策や社会の安定の観点から政策的に住宅取得が後押しされ、私有住宅に住む中間層が多数を占める「持ち家社会」が形成されるようになったからだ。期せずして、中央公論は特集「土地と家と日本人」を組む。

住宅政策の研究で知られる平山洋介の「老々相続の現実と求められる流動化政策」は、「人口・経済が成長していた時代では、多くの世帯が借家から持ち家へと住まいの『はしご』を登った。その『流れ』の拡大は、持ち家に住む中間層を不断に増大させ、人びとの平等の程度を高めると想像された」と、戦後の私有住宅の大衆化と中間層拡大の関係を論じつつ、20世紀後半と現在との社会状況の違いも示す。

持ち家世帯の割合自体は1960年代後半から現在まで6割前後で安定しているが、「若い世帯のマイホームが中心を占めていた持ち家社会の構成は劇的に変化し、成長後の時代では、持ち家の多くがいわば〝高齢者住宅〟となった」。そして大量に蓄積された高齢層の持ち家ストックは、子世代に潤沢な富をもたらす都市部の好立地の不動産から、売るに売れず子孫に管理負担を課すだけの「負動産」まで資産価値が極端に分かれ、住宅を通じた次世代の不平等拡大と階層化が生じているという。中間層を増やすといっても、経済も人口も拡大し年齢構成も若かった戦後と、成長が停滞し少子高齢化も深刻化した現在とでは難度がまるで違う。戦後的中間層から滑り落ちた、あるいは滑り落ちかかっている層を国がどこまで助けられるかが焦点となってくるだろう。

同誌からはほかに、政治学者の境家史郎「〝非〟立憲的な日本人」が出色だった。4千人へのオンライン調査で、「憲法はあくまで国の理想の姿を示すものであるから、政府は、現実の必要に応じて、憲法の文言にとらわれず柔軟に政策決定すべきである」と、「憲法は国家権力を制限する具体的ルールであるから、政府は、現実の必要があるとしても、憲法の文言上許されない政策を採るべきでない」という2つの対極的な憲法観のどちらに近いかを問うた結果、前者の「非立憲主義者」がはっきり優勢で、厳格な立憲主義者は11%程度しか存在せず、「法学部で学んだ(そして法学部で教えている)筆者および筆者の周辺では非常に衝撃的に受け止められた」という。

なぜ学校教育で立憲主義がずっと教え込まれるにもかかわらず、国民に浸透しないのか。最大の問題はやはり憲法第9条にあると境家はみる。「第9条条文は一言一句変わっていないにもかかわらず、自衛隊の行動範囲はなし崩し的に広げられ続けてきた」以上、「立憲主義を学校教育によって血肉化させることに限界があるのは、現実世界において、この原理が実践されているように(少なくとも一般人には)とても見えないことによる」となるのは当然だからだ。境家は、憲法を死文化させているこの不幸な状況を変え得るのは、立憲主義的改憲派という「戦後を通して主要政党の立場としては存在さえしなかった」新勢力であるとして、まず立憲主義を護憲論から切り離すことを提案する。

輝かしい成果を挙げた戦後体制もすっかり経年劣化し、放置された空き家さながらに厄介な負の遺産も生み出している。単純な戦後の成功体験のリバイバルはもはや不可能で、むしろその後始末こそが課題であることが見えてくる。(敬称略)