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スポーツは文化か 論説副委員長・別府育郎

文化勲章の親授式を終え、記念撮影に納まる長嶋茂雄さん=3日午前11時26分、皇居宮殿東庭(代表撮影)
文化勲章の親授式を終え、記念撮影に納まる長嶋茂雄さん=3日午前11時26分、皇居宮殿東庭(代表撮影)

今年の文化勲章を長嶋茂雄さんが受章した。盟友の王貞治さんは「長嶋さんだったら誰も文句がないのでは」と受章を祝った。もちろん異論があろうはずもない。

スポーツ界からは「フジヤマのトビウオ」と称された水泳の古橋広之進さん以来、2人目の受章という。古橋さんは戦後復興の、長嶋さんは高度成長期の象徴としていずれも当然の受章だった。

驚くのは、今年を含めて424人を数える受章者のうち、スポーツ界からはわずかに2人という、極端な少なさである。これは日本で、スポーツが文化として定着していない証左ではないのか。

文化勲章の受章者は原則として過去の文化功労者から選ばれる。その点では古橋さん、長嶋さんと同様、王さんも有力候補者だ。

今年まで936人の文化功労者の顔ぶれのうち、スポーツ界の歴々を敬称略で並べてみる。

昭和36年、三船久蔵(柔道)。63年、織田幹雄(陸上)。平成2年、兵藤(前畑)秀子(水泳)。4年、川上哲治(野球)。5年、古橋広之進(水泳)。17年、長嶋茂雄(野球)。21年、大鵬幸喜(相撲)。22年、王貞治(野球)。24年、岡野俊一郎(サッカー)。26年、樋口久子(ゴルフ)。27年、川淵三郎(サッカー)。28年、小野喬(体操)。29年、三宅義信(重量挙げ)。30年、笠谷幸生(スキー)。令和2年、加藤沢男(体操)。

いずれも改めて詳細な説明を必要としない、そうそうたる顔ぶれである。誰が文化勲章を受章していても異論はあるまい。

名前を並べて気づくのは、平成15年の栄典制度改革以降、17年の長嶋さんを先頭に、スポーツ界の文化功労者の数が一気に増えることだ。遅まきながら、ようやく国がスポーツを文化として認めだしたということなのだろう。

新明解国語辞典によれば、文化とは「生産活動と必ずしも直結しない形で真善美を追求したり獲得した知恵・知識を伝達したり人の心に感動を与えたりする高度の精神活動」で、対比する領域に、政治や経済をあげている。

夏の東京五輪・パラリンピックの中止を叫ぶ勢力の中に、五輪の政治的・経済的意義を強く疑問視する声があったのは、これもスポーツを文化と認めないためであったのだろう。本来は、大会の開催や競技の実施そのものに、意義はあったはずである。