TOKYOまち・ひと物語

障害児の育児「一人じゃない」 穐里明美さん

「この子には障がいがあります。」と書かれたマークを持つ「パラリンビクス協会」代表理事の穐里明美さん=千代田区(小林佳恵撮影)
「この子には障がいがあります。」と書かれたマークを持つ「パラリンビクス協会」代表理事の穐里明美さん=千代田区(小林佳恵撮影)

発達障害児向けの運動プログラム「パラリンビクス」などを通じて障害児の育児を支援する「パラリンビクス協会」(品川区)。代表理事の穐里(あきさと)明美さん(47)は、自閉症と、難聴などの症状が現れる「ワーデンブルグ症候群」の長男を育てている。自身も偏見や差別に悩み、孤独を感じた経験から「障害児のママ、パパに一人じゃないよと伝えたい」と話す。

長男の明ノ心(あきのしん)君(8)は生まれてからずっと目が開かず、生後2カ月の頃、医師から「将来的に弱視になる」と告げられた。

「視力が弱いなら、耳の感覚を養おう」。こう考え、明ノ心君にたくさん話しかけ、歌を聞かせた。しかし、乳幼児健診をきっかけに両耳が聞こえないことが判明。さらに、3歳の時に自閉症と診断された。

抱っこすると、背中を弓のように反ることなどから「ずっと自閉症ではないかと思っていた。白黒ついて、じゃあこれからどうしようと前向きに気持ちを切り替えられた」といい、フィットネスインストラクターなどの仕事を続けながら、病院や、発達障害のある未就学児のための療育施設に通った。

運動プログラム

平成31年、明ノ心君は特別支援学校の小学部に入学した。同時に、療育施設への通所が終了。すると、「もっと頻繁に療育に通わせてあげたかったが、仕事でなかなかできなかった」という後悔の念が込み上げてきた。ほかの働く親からも、週に何日も通所するのは難しいという声を聞いており、「何かできないか」と考えた。

10代の頃からバックダンサーとして活動。その後はフィットネスの道に進み、インストラクター養成校を設立した。また、30歳で入学した大学では障害者スポーツを研究した。

こうした経験を基に、発達障害児向けの運動プログラムを作るというアイデアが浮かんだ。動物や乗り物などに見立てた動きで、心や体の発達を促すパラリンビクスを考案し、令和2年12月、パラリンビクス協会を立ち上げた。