勇者の物語~「虎番疾風録」番外編~田所龍一(355)

まぁ、ええか 福本、チームとともに去りぬ

「引退」を認めた福本は花束を手に球場を去った=西宮球場
「引退」を認めた福本は花束を手に球場を去った=西宮球場

■勇者の物語(354)

上田監督の挨拶の中で暴露された福本の「引退」。スタンドがどよめき、並んでいる選手たちも「知ってた?」「いや」と顔を見合わせて首を振っている。

なぜ、上田監督はそんなことを言ったのか―。後に2つの説がささやかれた。

①上田監督が「去る山田、残る福本」と言うのを間違えた

②すでに福本の引退、コーチ就任が決まっていたが、ファンに何も伝えられないまま福本がバットを置いてしまうことを上田監督が気遣った

後年、フクさんに真相を尋ねた。

「えっ、オレも辞めるん? って、最初はびっくりしたよ。まだ、現役を続けるつもりやったしね。ただ、球団からはコーチもやって欲しいといわれとったから、兼任で―と思ってた」

「でも、当時の新聞を見るとフクさんのコメントはすっかり引退を決意した男の談話でしたよ」

「グラウンドに並んでるときに、まぁ、ええか―と決めたんよ」

「〝まぁ、ええか〟ですか?」

「監督も〝福本も辞める〟と言うてしもたし、否定するのも変やろ」

「ぜんぜん、変やないですよ。まぁ、フクさんらしいけど」

「どういう意味や?」

昭和58年4月、観客増のためにサラブレッドと競走させられたときも、簑田は「そんなバカなことできるか!」と断ったが、福本は「お客さんに〝やります〟というてしもたんやから、今さらやめられんやろ」といって引き受けた。

「周囲に気を使ってばっかり」

「そうでもないわ。阪急というチームもなくなってしまうし、ええ潮時かな―と思ったのが一番かな」

やはり、そこが最大の理由だった。

サヨナラのセレモニーが終わると記者たちが福本に殺到した。この時には福本の心はすっかり整理されていた。

「気持ちは揺れたよ。ことしは代打としてもやっていける自信もつかんだしな。だから悔いがないと言うたらウソになる。でも、引退は誰もが通る道。先輩たちも通ってきた。ことしの9月ごろに〝自分もそこを通されるのかな〟と思った。マスコミにいろいろ書かれとったしね」

花束を手にした福本は颯爽(さっそう)と球場をあとにした。(敬称略)

■勇者の物語(356)