話の肖像画

渡辺元智(20)初の夏制覇 主将・愛甲、川戸に託す

選手たちと優勝旗と優勝盾を囲んで(左から2人目が本人)
選手たちと優勝旗と優勝盾を囲んで(左から2人目が本人)

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《昭和55年夏の全国大会は連覇を狙う箕島や都立高初出場となる国立など、話題の多い大会となった。2年ぶりの夏の甲子園は、大会初日第2試合からの登場となった》


あの大会はほかのチームにいい選手が多かったのですが、愛甲猛がいれば全国優勝はできると思っていました。愛甲の速球と縦のカーブなら、全国の強打者にも打たれない、と思っていたのです。ただ試合が進んでいったときの健康管理が心配でした。勝ちたいということに夢中になってしまい、つい無理をしてしまうのではないか。コンディションの調整はうまくいくのか。それだけにもうひとりのエース、川戸浩の存在は大きかったのです。

初戦の相手、高松商は5年連続出場の古豪でしたが、愛甲が落ち着いた投球をしてくれました。最後に投げた川戸も無失点で、2回戦の江戸川学園戦も愛甲、川戸の完封リレー。3回戦は一転して厳しい戦いになりました。春夏出場の鳴門の島田茂投手と秦真司捕手のバッテリーに打線が抑えられましたが、愛甲が一歩も引かずに1―0で完封。準々決勝も尾藤公監督率いる箕島の粘りにあって、序盤の3点をじりじりと追い上げられ、愛甲が粘って3―2で逃げ切りました。


《準決勝は雨の中で天理と対戦。泥沼のようなグラウンド状況のなか、七回表に1点を先制された》


もうすごいグラウンド状態でしたね。1点を取られたとき、ベンチわきの通路から「この回で終わらなければ続行は無理だな」という声が聞こえた。大会役員の方の声だったと思います。七回コールドゲームか、と思っていたら、あっという間に2アウトです。そして吉岡浩幸が引っ張った打球が泥の上で蛇行しながら転がり、三塁手の前で失速した。処理できず、吉岡が出塁。ここからですよ。

盗塁、四球で2死一、二塁となったところで、打者の沼沢尚をベンチに呼んだ。あのころはベンチに呼んでもよかったんです。沼沢はがたがた震えていました。そこで沼沢の胸に手を当て、震えが収まったところで「1割打者でも、10本に1本がここで出ればいいんだ。振ってこい」と送り出したとたん、その1本が出た。三遊間を破って同点です。次の宍倉一昭も呼んで同じように胸に手を当てたら、やはり震えている。困ったな、チャンスなのに。「結果を考えるな」と背中を押した。右中間三塁打で逆転し、何とか決勝に進みました。


《決勝戦では大会無失点記録を目の前にした早稲田実業(早実)の1年生、荒木大輔投手が立ちはだかった》


愛甲は疲れていました。序盤に荒木君を打って4点差がついたのにピリッとせず、五回表に1点を失って1点差まで詰め寄られた。愛甲がベンチに帰ってきたとき、つらそうだったので、「大丈夫か」と言葉をかけたことを記憶しています。ブルペンの川戸に目をやり、「これならいけるだろう」と確認しました。すると愛甲は自分のグラブを川戸に渡し、後を託したのです。そのとき愛甲を主将に指名してよかった、とつくづく思いました。

意気に感じた川戸は早実打線を抑えていきます。川戸の投球に迷いはみられませんでした。愛甲の存在に隠れ、これまで表舞台と無縁だった川戸が、全国大会の決勝戦という大舞台で堂々としたピッチングをみせている。私が言い続けてきた「もう一人のエース」が、甲子園のマウンドで躍動していました。最後の打者を空振りの三振に打ち取り、両手を挙げて歓喜する川戸は、横浜高校の新たな歴史を切り開いたのです。(聞き手 大野正利)

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