勇者の物語~「虎番疾風録」番外編~田所龍一(354)

さようなら勇者 「引退の福本」にスタンドざわめき

最後の試合を終え、グラウンドに整列した勇者たち=昭和63年10月23日、西宮球場
最後の試合を終え、グラウンドに整列した勇者たち=昭和63年10月23日、西宮球場

■勇者の物語(353)

衝撃の球団譲渡の発表からわずか4日後、「阪急ブレーブス」として最後の試合を本拠地・西宮球場で迎えた。

10月23日、ロッテとのダブルヘッダー。第1試合を2―4で敗れた阪急は第2試合、マウンドにこの試合を限りに現役を引退、退団することが決まっているエース山田を送った。

◇最終戦 10月23日 西宮球場

ロッテ 000 100 000=1

阪 急 000 601 00×=7

(勝)山田4勝10敗 〔敗〕平沼1敗

(本)高橋①(山田)中嶋②(平沼)

四回に高橋のソロホーマーで1点を先制されたものの失点はその1点だけ。九回、マドロックをスライダーで遊飛にしとめ、108球、4安打1失点。有終の美を完投勝利で飾った。プロ生活20年、通算284勝166敗。ナインに胴上げされたエースは泣いた。

「七回だったかな、もうあと9個アウトを取れば終わりなんだ…と思うと、1人アウトにするたびに寂しい気持ちになった。すばらしい20年間だった」

前夜のことだ。山田が5歳になる次男真大に試合で使っていたグラブをプレゼントしようとすると「そんなグラブ欲しくない!」と泣いて受け取らなかったという。スタンドでは真大と幸枝夫人が一緒に泣いていた。

その左手の薬指には結婚指輪が光っていた。実は山田は結婚当時、まだ年俸も低く指輪を買うことができなかったという。そして200勝を挙げた昭和57年、改めて指輪を贈った。

試合後、勇者たちはグラウンドに整列した。

「開幕してから1度も優勝戦線に顔を出すことなく、球団譲渡という結末になってしまいました。申し訳ありません。すみませんでした。寂しいです。むなしいです。悔しいです」

マイクを持つ上田監督の手が震えている。スタンドからは3万7000人の大観衆のすすり泣く声、そして叫ぶような声が聞こえた。上田監督は続けた。

「この試合をもって引退します山田、福本…」

とたん、スタンドにざわめきが起こった。いや、それを聞いた福本自身が一番驚いた。

「えっ、オレも辞めるん?」(敬称略)

■勇者の物語(355)