新聞に喝!

「派閥」批判の旧態依然 京都府立大教授・岡本隆司

衆院選後初の国会が召集され、登院する議員ら=10日午前、国会(萩原悠久人撮影)
衆院選後初の国会が召集され、登院する議員ら=10日午前、国会(萩原悠久人撮影)

この稿を起こしているのは11月の初め、ほんとうに世情はめまぐるしい。新型コロナウイルス感染の第5波で内閣支持率が急落、首相が代わったのが10月はじめ、衆議院の解散をうけた総選挙が同月末日。その結果、自民党が絶対安定多数を維持した。

野党も「共闘」と銘打って、候補者を一本化して対抗したけれど、めざした「政権交代」にはほど遠い結末に終わったといってよい。いまから思えば、首相交代に先立つ自民党の総裁選で、勝負あった、の感がある。

総裁選は単に政党のトップを決める選挙だから、党員以外は拱手(きょうしゅ)傍観してかまわない。しかし事実上の次期首相選出であり、衆議院の任期満了のタイミングとも重なったので注目を浴び、かえって自民党を利した。むしろそれが狙いだったとの臆測すらある。

もちろん褒貶(ほうへん)こもごもだった。野党の言い分は「変われない自民党」、要は「派閥」の利害・多寡ばかりで党首・首相を決める、という国民不在に対する批判である。そして新聞報道も、程度・賛否のちがいこそあれ、「派閥」の合従連衡・離合集散などと書く点はどこも同じだった。

ところが「変われない」自民党は衰えない。そのメカニズムに分析のメスを加える必要はないか。半世紀の昔から一貫して、「派閥」の離合集散が「国民の期待」「世間の感覚」「常識」と乖離(かいり)する、としかいわないところに新聞・メディアの怠惰を感じる。

中国ではその昔、政治の党派を「朋党(ほうとう)」と称した。いわゆる「派閥」以下の慮外な集団で、存在すら認められなかった。それでも「朋党」の「党争」は史上、絶えたことがない。群れて権勢をめざすのが、人間の本能・本性による政治の内実だからであろう。

たとえば少し以前、政党助成の交付金配分をめぐって、離合集散を重ねた政党もあった。それならかつての金権政治の「派閥」と五十歩百歩、政党も「派閥」も本質は変わらない。今般の「共闘」も同断だろう。

組織や慣行は、長年の歴史で形成されてきたものだから、まず考察と分析があるべきで、論評批判にはむしろ慎重でなくてはなるまい。「派閥」の存在も同じである。

自民党単独の絶対安定多数維持は、多くの新聞報道の想定外だったはずで、それならその旧態依然の概念・論理・論法は、どうやら錆(さ)び付いてきたのではないか。この総選挙報道を機に、まず自省してもらいたいところである。

【プロフィル】岡本隆司

おかもと・たかし 昭和40年、京都市生まれ。京都大大学院文学研究科博士課程満期退学。博士(文学)。専攻は東洋史・近代アジア史。著書に「『中国』の形成」など。