書評

『宗教図像学入門 十字架、神殿から仏像、怪獣まで』中村圭志著 感性に訴える神仏の表現

日々の生活は宗教とは無縁という人も多いのではないだろうか。その上、図像学などという聴き慣れない学問の入門編に戸惑われるかもしれない。

だが、心配ご無用。一般に図像学(イコノグラフィー)とは絵画や彫刻が表現する意味や歴史的由来などを研究することである。本書では十字架や法輪といった宗教的シンボルをはじめとして、ヴィーナスやクリシュナ神などの多種多様な神々、仏像、聖人画、曼荼羅、地獄絵図、さらに広範囲に寺院や聖域といった空間的な構造まで含め、ありとあらゆる宗教的なものを解き明かす。宗教は難解な教義や戒律ばかりではなく、私たちの感性に訴えかけるものがたくさんあると気づかせてくれる。

著者は宗教を「倫理と感性が絡み合う形で成立している文化」と定義する。文化ということは、つまり人が創り出したという前提に立つ。人類が「言語」を持ったことで目の前に存在しないものを語れるようになり、霊や神々の神話が生まれた。

そこからどのような経緯でユダヤ教、キリスト教、イスラム教などの一神教が生まれたのか。他方、インドから東の多神教の世界では、神々は多様なまま融通無碍(ゆうずうむげ)に存在している。ヒンドゥー教や仏教のおびただしい数の立像、坐像(ざぞう)のポーズ、衣服や持ち物は何を意味しているか。この本では宗教ごとの章立てではなく、特徴的なモチーフやトピックを解説することで、宗教を俯瞰(ふかん)して捉えられる仕組みになっている。

例えば、日本でもなじみ深い仏教の仏や菩薩はしばしば光背を背負っている。まさに「後光が射(さ)す」ごとく、見事な透彫や台座と一体で表現される。

キリスト教でもニンブスと呼ばれる後光が金色の円盤状で描かれることがある。偶像を禁止するイスラム教でも、預言者ムハンマドの顔は空白のまま、火炎状の光背を描いた細密画があるという。信仰の対象が光に包まれているイメージは、世の東西を問わず、共通するのだ。

人は太古の昔から緻密な宗教世界を構築するために、なんと途方もない情熱を傾けてきたことか。図像の複雑さは多様性の表れ、豊かさの証し、かけがえのない人類の財産だと改めて思い至る。(中公新書・1056円)

評・青木奈緒(文筆家)