書評

『真・慶安太平記』真保裕一著 興奮止まらぬ終盤の山場

真保裕一の〝作家生活30年記念書き下ろし〟作品は、待望の歴史小説である。

作者自身「慶安の変に関して、ずっと疑問に思っていた」と記しているように、本書は緻密な考証と大胆な推理を駆使した歴史ミステリーの側面を持っている。

だが、そうした作品が持つキワモノ的な雰囲気は一切なく、一読するや、堂々たる歴史巨編と対峙(たいじ)した思いがする。

それは一つには、テーマがしっかりしているからである。作品が始まって、主人公である保科正之(幼名・幸松)が兄・駿河大納言忠長から「人の欲がある限り、戦世は終わりを見ない」―だからこそ出自をひけらかして人の妬みを買わず、己を戒め、家臣を抑えなくてはならないといわれるのだ。

これが戦火なき世の戦(いくさ)作法である。

物語はほとんどが幕府の視点から語られ、6割半から7割は江戸城中の描写である。そして、読者はいつになったら由比正雪(ゆい・しょうせつ)(幕府転覆を企てた慶安の変の首謀者)が登場するのかとじらされるが、何しろこの書き方は凡手の成せる業(わざ)ではない。

物語に話を戻せば、正之に忠告した忠長が、幕府の策謀により、表向きは自害、実は柳生らしき者に襲われ、消息不明。さらには太平の世を守るためとはいえ、正之が鎮圧した天領の一揆では発頭人38人を磔(はりつけ)にした。

「磔にされた農民の叫ぶ声は、いまだ正之の耳の奥に残り続けていた」と作者は書く。

本書は320ページを超える長編だが、200ページを超えてようやく由比正雪が姿を現すことになる。その正雪の顔を見た正之がぽつりと言う「…十八年の時は、長い」の一言にこの作品の巧まざるエンターテインメント性が示されているといえよう。

そして、さらにクライマックスにおいて、なぜ男たちは久能山東照宮に急ぐのか、また、幕府の塩硝蔵が立てられていた場所には18年前まで何があったのか―ここまで来ると読者の興奮は止まらない。

最後に正之を苦しめるのは、彼が徳川の安泰を守るために何を売ったか、ということになる。

本書は〝作家活動30年〟を記念するとともに、その新たなスタートを切る力作といえよう。(講談社・1925円)

評・縄田一男(文芸評論家)