佐藤優さんらがドストエフスキーを語る 生誕200年

生誕200年を迎えたロシアの文豪ドストエフスキーの作品の新訳や批評が相次ぎ刊行されている
生誕200年を迎えたロシアの文豪ドストエフスキーの作品の新訳や批評が相次ぎ刊行されている

『罪と罰』『カラマーゾフの兄弟』などの長編で知られるロシア帝政末期の文豪ドストエフスキー(1821~81年)が今月、生誕200年を迎えた。読者を魅了し続ける熱量のある言葉の現代性はどこにあるのか。名古屋外国語大学長でロシア文学者の亀山郁夫さんと、作家でロシア専門家の佐藤優さんに聞いた。(海老沢類)

人間の謎描く「同時代人」 亀山郁夫さん

「経済格差の問題もネット社会のありようもそう。今、グローバル化がもたらした矛盾が人間の心を根本から引き裂き、不安が広がっている。ドストエフスキーの小説が生まれた土壌と現代の世界は驚くほど似てきている」

そう話す亀山郁夫さんは今月、五大長編の一つ『未成年』の新訳(光文社古典新訳文庫)刊行を始めた。

『悪霊』と『カラマーゾフの兄弟』という両大作のはざまに発表された一作。ロスチャイルド的な富豪となることを夢見る複雑な出自を持つ青年の葛藤と成長を描く。1861年の農奴解放令によるロシア社会の混乱も投影され、当初は「無秩序」という題名が想定されていたという。

露文学者、亀山郁夫さん
露文学者、亀山郁夫さん

「旧来の農奴制的な秩序が崩壊し、拝金主義が社会を支配していく資本主義の勃興期。貴族と労働者の間や世代間でも断絶が生まれて、若い世代が生きる希望を失っていくさまが綿々とつづられる。この感覚は現代と通底するものがある」

非合法活動に参加したことによる死刑宣告とシベリア流刑、ルーレット賭博への没入と借金返済のための執筆、持病のてんかんとの闘い…。波乱に満ちた生涯を歩んだドストエフスキーの文学の精髄を、亀山さんは作家になる前の17歳のころに兄に宛てて書かれた手紙に見て取る。〈人間は謎です。それは解き明かさなくてはなりません。もしも一生をかけてそれを解きつづけたとしても、時間を浪費したとはいえないでしょう〉という言葉だ。

「屈折していて喜びもあれば不条理な経験もし、お金の力に揺り動かされもする。そんな人間の魂に対する飽くなき好奇心ですよね。自らが傷ついたからこそ人間の喜びを人一倍感受し、あれだけ生命を礼賛する小説を書いた」と語る。

「ネット空間には攻撃的な言説があふれ、他者への共感力が今は失われつつある。でもドストエフスキー文学の根底には、許しとおおらかさが脈々と息づいている。いわば彼は『魂の永遠の同時代人』なのです」