仁徳天皇陵 新たな円筒埴輪列発見 荘厳に古墳装飾

国内最大の前方後円墳で世界遺産、堺市堺区の仁徳天皇陵古墳(大山(だいせん)古墳、墳丘長486メートル)を共同で発掘している宮内庁と堺市は19日、墳丘を囲む堤の両側で円筒埴輪(はにわ)列が見つかったと発表した。堤の表面には石敷きがあり、「木の埴輪」を立てたとみられる柱穴も検出。堤は2列に並ぶ円筒埴輪などで荘厳に飾られたことが分かり、謎を秘めた天皇陵の構造が具体的に分かる貴重な資料になりそうだ。

調査は、古墳の保全整備に向けた現状把握を目的に、平成30年以来3年ぶりに実施。墳丘を囲む2重の堤のうち内側の第1堤を調査した。30年には、第1堤のうち墳丘前方部に近い南から東側、今回は後円部に近い北から東側に3カ所の調査区(幅2メートル、長さ約30メートル)を設けた。

堤の表面にはこぶし大の石が敷き詰められ、直径30~35センチの円筒埴輪が接するように並んでいた。最も北側の調査区では埴輪列が両側で確認され、2列が平行して堤を2キロ以上にわたって1周するように立てられたと推定。築造時期は、円筒埴輪などから5世紀前半から中頃とみられる。

仁徳天皇陵古墳(大山古墳)=16日午後、堺市堺区(本社ヘリから、彦野公太朗撮影)
仁徳天皇陵古墳(大山古墳)=16日午後、堺市堺区(本社ヘリから、彦野公太朗撮影)

円筒埴輪列は、前回の30年の調査では堤の外側でしか確認されておらず、内側で見つかったのは初めて。本来は内側にも埴輪列があったが、周濠(しゅうごう)の水による浸食で崩落したとみられ、古墳の損傷が進んでいる状況も明らかになった。

同庁の過去の調査では、墳丘が浸食を受けていることも分かっている。徳田誠志・陵墓調査官は「堤の内側の埴輪は浸食して崩れた可能性がある。今後、適切な保護に向けて調べていきたい」とした。

また、北側の調査区では直径、深さとも約30センチの穴1基を検出。柱の上に貴人の笠(かさ)を模した木製品などを載せた「木の埴輪」を立てた穴の可能性があるという。木の埴輪は、国内2番目の大きさの応神天皇陵古墳(大阪府羽曳野市、同425メートル)などでも確認されている。

今回の調査で古墳時代の遺物以外は、江戸時代頃の陶磁器の破片がわずかに見つかった程度で、後世に畑の開墾などで掘り返された跡もなかったという。徳田さんは「古墳が築造されて千数百年の間、地元の人たちが手をつけず大切に守ってきた証しだろう」と話した。

>世界遺産・仁徳天皇陵の墳丘は少しずつ削られている

仁徳天皇陵古墳 令和元年に世界文化遺産に登録された百舌鳥(もず)・古市(ふるいち)古墳群の一つ。墳丘は3重の周濠と2重の堤に囲まれている。墳丘の長さは大正時代の測量に基づいて486メートルとされているが、宮内庁による近年の調査で築造当初は少なくとも525メートルあったことが分かった。周濠などでは明治以降、巫女(みこ)や馬をかたどった埴輪などが見つかっている。