仁徳陵で新たな埴輪列 視察の研究者も権力の大きさ実感

仁徳天皇陵古墳の墳丘を囲む堤の外側で発見された円筒埴輪列=19日午前、堺市堺区(恵守乾撮影)
仁徳天皇陵古墳の墳丘を囲む堤の外側で発見された円筒埴輪列=19日午前、堺市堺区(恵守乾撮影)

国内最大の前方後円墳で世界遺産、堺市堺区の仁徳天皇陵古墳(大山古墳、墳丘長486メートル)で宮内庁と同市が行っている共同調査について、研究者を対象にした発掘現場の公開が19日午後、行われた。墳丘を囲む堤の両側に円筒埴輪(はにわ)列が見つかり、荘厳に飾られていたことが判明。大規模な土木工事が改めて裏付けられた。事前に視察をした専門家らも含め、「当時の倭国(日本)がどのように統一されていったのかを考えるうえでも重要な資料」と壮大さを実感。今後の調査に期待をかけた。

古墳の保全整備に向け、平成30年以来3年ぶりに調査し、墳丘を囲む2重の堤のうち内側の第1堤を発掘。直径30~35センチの円筒埴輪が並んだ状態で見つかった。

福永伸哉・大阪大大学院教授(考古学)は「国内最大の古墳にふさわしい荘厳な造りであることが分かった」と評価。大規模な工事が行われたことが明らかになり、「国家的プロジェクトとして大王の墓を造ろうとした意気込みが伝わってくる」と話した。

奈良歴史研究会会員で高校教諭の丸山理さんも「何千、何万本という埴輪を生産する力があり、これだけでも被葬者が倭国を代表する人物だったことがうかがえる。被葬者が誰なのか、倭国の統一がどう進んだのか知る手かがりになる」と指摘した。

文化財保存全国協議会常任委員の久世仁士さんは、堤の表面に敷かれた石に着目。「斜面に石を並べる葺石(ふきいし)を施す古墳は多いが、表面の石敷きは他では見られない。さすが仁徳陵。被葬者の権勢を表している」と驚く。そのうえで「調査も考古学的な視点だけでなく、植物や地質など幅広い視点で行ってほしい」と要望した。

調査の継続を望む意見は多く、岡林孝作・日本考古学協会理事(陵墓担当)は「小規模の調査であっても、多くの情報が得られた。巨大前方後円墳の築造当時の状況を復元するためには、少しずつでも発掘を続けることが重要」と話した。

同古墳は、出土した円筒埴輪などから、5世紀前半から中頃の築造とみられている。日本書紀などによると、仁徳天皇は399年に死去したとされ、被葬者をめぐる議論が続いている。