勇者の物語~「虎番疾風録」番外編~田所龍一(351)

宮内社長の挑戦 「オリックス」の名前、広めたい

阪急の試合を観戦する宮内新オーナー(左)と近藤新球団社長=昭和63年10月22日
阪急の試合を観戦する宮内新オーナー(左)と近藤新球団社長=昭和63年10月22日

■勇者の物語(350)

「少し地味だけど〝プロ〟らしい玄人受けするチームがブレーブス。そこに、子供たちや女性にうける要素をプラスして、全国的に名前を広げたいんです」

挨拶に立ったオリエント・リースの宮内社長はこう抱負を語った。メガネの奥の目が光っているようにみえた。

オリエント・リースは翌年の昭和64年に創業25周年を迎える。それを機にグループの統合化のためCI(コーポレート・アイデンティティー)戦略導入を決定。その目玉としてプロ野球球団の買収を計画した。とはいえ球団経営は楽なものではない。本拠地もこれまで通り西宮球場。南海ホークスのようにフランチャイズを福岡に移し、九州の旧ライオンズファンを取り込めば…という計算も立たない。

「わが社は来年の4月に社名を『オリックス』に変更します。球団買収は国際的スポーツの野球を通じて、わが社の存在を全国的に知ってもらうためです」

球団買収は「オリックス」という名前を広めるための「戦略」。球団経営はもうけるためではなく「投資」。これまでのプロ野球界にはなかった新しい感覚を持ったオーナーの出現である。

「ビジネスマンのチャレンジです」と宮内は言い切った。

宮内義彦、昭和10年9月13日、神戸市生まれ。当時53歳。関西学院大商学部を卒業後、ワシントン大大学院経営学部修士課程修了。39年にオリエント・リースに入社。関学大ではグリークラブに所属。社会人になってからは草野球の財界人チームのエースを務め、完全試合を達成したこともある左腕投手。野球をこよなく愛する企業家である。

当時、マスコミの間ではこの球団譲渡を冷ややかな目でみていた。オリエント・リースが阪急と同じ三和銀行の企業グループ『三水会』のメンバーであったことから、「オリックス」という名前が全国的に広まれば、目標を達成した―として次のメンバー企業にあっさりと球団を売却するのでは。「10年も球団を持ってはいないだろう」という見方。筆者もそう思った。だが、予想は外れた。

33年目のことし、オリックスは25年ぶりの優勝を果たした。85歳を超えたいまなお冷めない宮内オーナーのプロ野球に対する愛情。それを受け継ぐオリックス社員たちの情熱。改めて拍手を送りたい。(敬称略)

■勇者の物語(352)