一筆多論

核兵器に守られる日本国民 榊原智

記者会見に臨む松野博一官房長官=11月10日午後、首相官邸(納冨康撮影)
記者会見に臨む松野博一官房長官=11月10日午後、首相官邸(納冨康撮影)

第二次世界大戦の北アフリカ戦線で、ロンメル将軍のドイツ軍を破った戦歴を持つモントゴメリー英陸軍元帥は大戦後、北大西洋条約機構(NATO)軍の副司令官を務めた。

モントゴメリーは、1954年10月、ロンドンの英王立陸海空軍協会の演説で次のように語った。

「われわれ自身が攻撃を受けた場合には、原子兵器(核兵器)を使うつもりである」

大戦後、米英両国は将兵を大量に復員させた。西ドイツ軍創設はこれからで、フランス軍は再建途上だった。一方、共産主義のソ連は膨大な陸上兵力を残し、圧倒的に優位だった。

米国は54年1月、ソ連軍の侵攻に、米軍が核兵器で報復を加える「大量報復戦略」を打ち出した。これに沿ったモントゴメリーの演説は米国やNATOの抑止政策の一環だった。NATOは同年12月、戦術核兵器使用を含む防衛計画の作成を決定した。

核兵器以外の戦力で劣勢な側が―相手側が先に核兵器を使用してくるか否かにかかわらず―核兵器の使用を防衛戦略に組み込むことで抑止を図った実例だ。

NATOが、核兵器の先制使用を除外しない戦略をとったこともあって、ソ連が盟主のワルシャワ条約機構(WTO)軍による西欧侵攻、すなわち第三次世界大戦を防ぐことができた。

英有力紙フィナンシャル・タイムズ(電子版)は10月29日、日本や英国、オーストラリアなどの政府がバイデン米政権に対して、「核兵器の先制不使用」を宣言する政策を採らないよう働きかけていると報じた。

バイデン政権は核戦略の指針「核体制の見直し(NPR)」を策定中だ。

同政権内には少数派ながら、核兵器の先制不使用を政策化しようという意見がある。バイデン大統領自身も、副大統領当時に、核抑止力の重要性を指摘しつつ、先制使用に否定的な考えを述べたことがある。

それが、米同盟諸国の不安をかき立てている、ということだ。

核兵器の先制使用とは、国連憲章が禁ずる先制攻撃とは異なる。相手が核兵器以外の手段で攻撃してきた場合に、自衛のため核兵器を含む手段で反撃するケースを指す。

松野博一官房長官は10日の記者会見で、米国への働きかけが事実かどうか明かさなかった。その上で一般論と断って、「現在の安全保障環境では、当事国の意図に関して何ら検証方法がない形で、核の先制不使用の考え方に依存し、日本の安全保障に十全を期すことは困難だ」と指摘した。

松野氏が示した日本政府の見解は極めて妥当だ。

核保有国が先制不使用を本気で約束しているのか検証するすべはない。だまされれば国民を危地に陥れるだけである。

現代の科学技術で核攻撃を完全に防げない以上、核には核で抑止するしかない。そこで日本は米国の核兵器を抑止力として用いている。これが核の傘だ。

効用はそれにとどまらない。国際条約で禁止された大量破壊兵器の生物、化学兵器を相手が使用してくることも核で抑止するしかない。モントゴメリーが直面したような、通常兵力で極めて劣勢に陥る場合も同様だ。鉦(かね)や太鼓で宣伝する話ではないが、核抑止力によってでも平和を保てれば、その方がましである。(論説副委員長)