スポーツ茶論

「上司ガチャ」大当たりだった新庄氏 北川信行

野村監督(左)の指導を熱心に聞く新庄氏=1999年9月14日、甲子園
野村監督(左)の指導を熱心に聞く新庄氏=1999年9月14日、甲子園

「ビッグボス」ことプロ野球日本ハムの新監督、新庄剛志氏が沖縄県国頭村(くにがみそん)で行われている秋季キャンプを視察する様子が、連日のようにメディアをにぎわしている。あのときも、似たような感じだった。今から20年以上も昔の話。ヤクルトの指揮官を辞めたばかりの野村克也氏が低迷する関西の人気球団、阪神の再建を託された平成10年秋のことである。

就任直後の野村氏も今回の新庄氏と同じように、阪神の秋季キャンプを視察。突如巻き起こったフィーバーに、キャンプ地の高知県安芸市は大いに沸いた。前年は500人が最高だった1日あたりの来場者数は3000人を記録し、報道陣は150人が集結。トラ番になり立ての身には、ID(データ重視)野球で一世を風靡(ふうび)した野村氏が発する言葉、かもし出す雰囲気、何げない一挙手一投足のすべてが新鮮だった。ここからは、当時のニュアンスが伝わりやすいよう、野村氏は「ノムさん」、選手だった新庄氏は「新庄」と呼び捨てで書かせていただく。

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「秋季キャンプでは何もするつもりはない。見たり、聞いたりして、なじめればいい」

そう話していたノムさんだが、気にかけていた選手とは積極的にコミュニケーションを図った。類いまれな才能を持ちながら、自身の能力を生かし切れていない新庄もその一人。毎年のように打撃フォームが変わるほど悩んでいた未完の大器にとっても、戦後初の三冠王となるなど実績十分で、指導者としても「再生工場」と呼ばれるほどの成果を上げていた名伯楽から直接指導されるのは、願ってもないことだった。

視察3日目に約50分、話し込んだ。歴代のコーチや球団OBからさまざまな打撃理論を吹き込まれ、新庄の頭は混乱している。ノムさんは、そうにらんでいた。だから、あえて基本的な質問をした。

「じゃあ聞くが、打つときは、右手と左手のどっちが大事や」

考え込む新庄に、ノムさんは明確に伝えた。「答えは両方や」。そして続けた。「人生も同じ。調和、不調和というものがある。バランスをとることが大事なんや」

ノムさんならではの指導法だろう。極意の一つが「人を見て法を説く」だった。反発心の強い選手にはあえて厳しい言葉をかけて発奮させ、気持ちの浮き沈みが激しかった新庄はほめてやる気にさせた。投手との二刀流に挑戦させ、新庄が得意とするファッションの話題にも乗った。

ノムさんの下で才能を開花させた新庄は2年後、米大リーグへと羽ばたいた。そのときに、父親の英敏さんから聞いたことがある。「悪いところを直すなら、良いところを伸ばした方が早い。そんなふうに息子を育ててきた」。ノムさんの指導は、新庄家の教育法と合致していた。

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そもそも、スポーツ記者の仕事の何割かは、指揮官の人物鑑定ではないかと思う。長年続けていると、自然と目利きになる。球界を代表する名将を一介の記者が判定するのはおこがましいが、ノムさんは間違いなく超一流だった。

今回の日本ハム監督就任を受け、阪神OBはこんな話をした。「ノムさんが監督を続けていたら、新庄は(大リーグから日本球界に戻ってきたときに)阪神に復帰したかもしれない」。真実味はともあれ、周囲からは、それほど慕っているように見えていた。

「上司ガチャ」という言葉がはやっている。「外れ」を引くと、目もあてられない。「大当たり」だったビッグボスが、うらやましい。