原爆ドーム前で鎮魂の能 消え去った文化再び

広島市の原爆ドーム前で上演された「爆心地鎮魂薪能」=15日夜
広島市の原爆ドーム前で上演された「爆心地鎮魂薪能」=15日夜

広島市の原爆ドーム前で15日、原爆投下までドーム隣の家で暮らした被爆者が企画した「爆心地鎮魂薪能」が上演された。かがり火がたかれた特設舞台で、喜多流大島家の能楽師が厳かな舞を披露。鼓や笛の音が響き、幻想的な雰囲気に包まれた。

映像作家の田辺雅章さん(83)が育ったのは、後に原爆ドームとなる「産業奨励館」の隣。猿楽町や細工町(現・大手町)と呼ばれたこの付近は能楽が盛んだった。しかし、1945年8月6日の原爆投下により、自宅や奨励館だけでなく、文化や町名も消え去った。

広島市の原爆ドーム前で上演された「爆心地鎮魂薪能」=15日夜
広島市の原爆ドーム前で上演された「爆心地鎮魂薪能」=15日夜

原爆投下時、田辺さんは疎開先にいたが、家族を捜しに帰り、入市被爆した。父は被爆後数日で亡くなり、母と弟は今も見つかっていない。被爆前の街並みの映像復元を手掛けてきた田辺さんは「猿楽町にまつわることを残したい」と薪能を企画した。

広島市の原爆ドーム前で上演された「爆心地鎮魂薪能」=15日夜
広島市の原爆ドーム前で上演された「爆心地鎮魂薪能」=15日夜
広島市の原爆ドーム前で上演された「爆心地鎮魂薪能」=15日夜
広島市の原爆ドーム前で上演された「爆心地鎮魂薪能」=15日夜
「爆心地鎮魂薪能」を企画した田辺雅章さん(右)=15日夜、広島市
「爆心地鎮魂薪能」を企画した田辺雅章さん(右)=15日夜、広島市