書評

『ポップス歌手の耐えられない軽さ』桑田佳祐著 軽妙な筆致の「一人漫才」

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昭和56年のサザンオールスターズのヒット曲「栞(しおり)のテーマ」は、桑田佳祐が音楽監督で、私が脚本を書いた映画の挿入歌だった。それから桑田のことはずっと注目してきた。

本書は、今年65歳となった桑田が昨年1月から今年5月まで「週刊文春」で連載した66編のエッセーをまとめたものだ。コロナ禍で自粛を強いられた日常をつづり、音楽人生の回想を時に自虐的に、時にエロチックな妄想を交えて回想。その軽妙な筆致が、ボケとツッコミを同時にやる〝一人漫才〟になっており、何度も笑わせられた。

桑田が愛好してきたものが列挙される。故郷・茅ケ崎への思い、中学でハマったボウリングへの愛、ボーカリストの尾崎紀世彦や前川清への尊敬の念、ドラマ「探偵物語」の松田優作への憧れ、歌のうまさと妖艶さの小柳ルミ子への偏愛もある。プロレス、特に「人生の大師匠」とあがめるアントニオ猪木への愛は熱い。懐かしの49年の猪木対大木金太郎の激闘をノリノリで実況してみせる。

若い頃、プロレス好きの心優しい青年だった桑田が、今もあの時の心を失わずにいることにうれしくなる。

賛否が分かれた初監督映画「稲村ジェーン」(平成2年)でプロの映画人を相手に苦労した話も貴重だ。時を経てやっと語れるようになったのだろう。

音楽にかかわる肉親のことにもふれている。父親は映画館の支配人をした後、バーを経営。バーの慰安旅行にホステスらとともに小3の桑田も行った。熱海のゲームセンターにあったジュークボックスで聴いたニール・セダカ「小さい悪魔」にポップスの洗礼を受けたという。最も影響を受けたザ・ビートルズは、名曲「いとしのエリー」のモデルという4歳年上の亡き姉がその素晴らしさを桑田に教えたからだった。家族が桑田の音楽の基礎を作ったことがよく分かった。〈人間・桑田佳祐〉を知る最良の書といえる。

「あとがき」は妻の原由子。巣ごもりの中、原は次世代に残すために夫のルーツを調べて楽しんだ。さらに父親から聞いた話も作品の中に生かしていることを知る。サザンの演奏と同じように桑田夫妻の愛のメロディーが聴こえてくる。(文芸春秋・2500円)

評・小林竜雄(脚本家)