書評

『人体大全 なぜ生まれ、死ぬその日まで無意識に動き続けられるのか』ビル・ブライソン著、桐谷知未訳(新潮社・2970円)医師も納得 医学エンタメ

人体大全
人体大全

医療・医学の最前線を取材して「人体」の全貌に迫り、米メディアで大絶賛されているエンタメ・ノンフィクション。医療・医学の話なのに、医師であり研究経験のある私が全く知らなかったことのオンパレードで、引き込まれるように読んだ。

23章で構成され目次だけで8ページもあるが、各章とも20ページ前後で読みやすい。膨大な調査や取材で得た素材を正確さを失わずに十分に咀嚼(そしゃく)し、ユーモアも交えて分かりやすく表現しているのが素晴らしい。例えば心臓について、著者は「一生のあいだに一トンの物体を空中に二百四十キロメートルの高さまで持ち上げるだけの仕事量をこなしている」と記す。日頃の診療で心臓は鼓動し命をつないでくれている単なる臓器としてしか認識していなかっただけに、改めて心臓のすごさを実感した。

また、イングランドの解剖学者、ウィリアム・ハーヴェイは血液が体の中を循環していることを発見したことで知られるが、生前はこの発見が理解されず、同業者ほぼ全員から〝頭のいかれたやつ〟とみなされ失意のうちに亡くなったなど、随所に盛り込まれる有名無名のエピソードに「そうだったんだ!」とうなずくことしきりだ。

消化器内科の専門医としてがんの治療を行っている私にとって、特筆したいのががんをめぐる話だ。抗がん剤や放射線療法で効果がみてとれる患者さんでも、がんの方が学習するのか、最初の戦法の効果がなくなることはよくある。手術でわずかな取り残しがあれば、がんはしたたかに反撃し勢力を盛り返してくる。本書ではこうしたがんの特質について遺伝子レベルで解説しており、たいへん勉強になった。そして、人生最後の数週間は化学療法でなく緩和ケアを受けている患者の方が長生きし苦痛も少ないという記述に、がん治療に携わる医師として襟を正さねばと思ってしまった。

ひとつ残念なのが、著者が本書を執筆したのが昨年4月ごろだったため、新型コロナウイルスをめぐる話がその時点のものにとどまっていることだ。

読み終えた今、自分の身体に宇宙を感じ、人体に対する印象や考えがこれまでと全く変わった。人体の宇宙を旅する楽しみを与えてくれる一冊だ。

評・一石英一郎(国際医療福祉大学病院教授)