新聞に喝!

言論萎縮させる「多様性の統一」 イスラム思想研究者・飯山陽

共産党の開票センターで小池書記局長(手前)と話す志位委員長=10月31日午後9時56分、東京都渋谷区の党本部
共産党の開票センターで小池書記局長(手前)と話す志位委員長=10月31日午後9時56分、東京都渋谷区の党本部

しんぶん赤旗は10月24日、「多様性の統一で新しい政権を」という見出しの記事を掲載した。見た瞬間、一瞬わが目を疑った。これほどの短文にこれほど明白な矛盾が凝縮されている例も珍しい。

多様性とは互いに異なる人や生物の集まりの意である。互いに異なるから多様性なのであり、それが統一されてしまってはもはや多様性は存在し得ない。

これは野党共闘を呼びかけた共産党の志位和夫委員長の言葉だという。多様性という聞こえのいい言葉が用いられているものの、このフレーズの本質は異論を認めない「全体主義宣言」だ。

多様性を声高に主張する人々が、実際には全体主義を志向している例は近年多く見られる。

秋篠宮ご夫妻の長女、眞子さんと小室圭さんの結婚の際には、新聞報道の多くが当該結婚を祝福する声のみを是とし、異論はバッシングだと非難した。

朝日新聞は10月25日付朝刊で、バッシングについて「『上にいる人』を引きずり下ろしたい思い」「上流へのねたみ」とし、「現在の日本社会では、はい上がるのが難しい。そういう膠着(こうちゃく)状態がバッシングを助長している」という橋元良明・東京女子大教授の意見を掲載した。

毎日新聞は今月2日付朝刊で、眞子さんの結婚会見を「自分の国で生きることができないプリンセスの亡命宣言」とする作家・北原みのり氏の意見を掲載、氏は日本社会は若い女性が安心して生きていけない、世界のジェンダー平等からかけ離れた社会だと非難した。

しかし多くの日本国民にとって皇族は特別な存在だ。また日本では表現の自由が憲法で認められている。眞子さんに幸せになっていただきたいと希求する国民が、当該結婚に関して吐露した不安や懸念にさえバッシングというレッテルを貼るのは不当である。

バッシングという強い非難の言葉がもたらすのは、言論の萎縮という効果だ。異論は発してはならないという同調圧力は、「多様性の統一」という志位氏の「本音」にも重なる。

共産党は先の総選挙で議席を減らした。国民は共産党が思うより賢く、朝日や毎日が思うほど簡単には新聞の印象操作にだまされたりしないという証左である。しかし志位氏は「方針そのものは正確だったと確信を持っている」「私は責任はない」と強弁した。異論を受け入れる余地などどこにもない。

多様性を尊重すべきは、意に反する異論に負のレッテルを貼り排除しようとする共産党や朝日、毎日の方である。

【プロフィル】飯山陽

いいやま・あかり 昭和51年、東京都生まれ。イスラム思想研究者。上智大文学部卒、東大大学院博士課程単位取得退学。博士(文学)。著書に『イスラム教再考』など。