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選挙は「まつり」、不参加は損 畠山理仁

フリーランスライターの畠山理仁さん
フリーランスライターの畠山理仁さん

すべての選挙には「ドラマ」がある。とくに日本は選挙期間が短いため、人々の人生がギュッと凝縮されている。私は選挙の現場に足を運び続けて20年以上になるが、どこへ行っても予想外のことが起きている。

候補者におもちゃの銃で撃たれたこともあった。東京都庁の前で、いきなり股間をあらわにする候補者にも会った。街頭演説の予定を決して教えず、記者から逃げ回る候補もいた。

朝から晩までオートバイを乗り回し、一日20カ所で街頭演説を繰り返すベテランもいる。一日の移動距離は約200キロ。街宣車の後ろを走るワゴン車には、まったく同じ型のバイクがスペアとして積まれていた。他の人は選挙をやっているのに、一人だけ別種目の「12時間耐久レース」をやっているような候補者が実際にいるのだ。

選挙の現場には必ず新しい発見がある。毎日が名シーンの連続で「ハズレ」がない。新型コロナで選挙のあり方が大きく変わっても、面白いイベントであることには変わりがない。

青森のねぶた祭、東京の三社祭、京都の祇園祭、岸和田のだんじり祭、徳島の阿波踊り。私はそうした「まつり」と同列に選挙を捉えている。高揚感にあふれた選挙は、近づけば近づくほど面白いからだ。

多くの人は意識していないが、国内では毎週のように「選挙という民主主義のまつり」が行われている。最も重要なことは、選挙が税金の使い道を決める人たちを選ぶ手続きだということだ。そして、このイベントの運営には多額の税金が使われる。今、私たちは収入の4割以上を税金や社会保障費として納めている。選挙に参加しないのはもったいない。だから私は自分が投票できない選挙であっても現地に足を運んでいる。

選挙が持つ大切な機能の一つが「人との出会い」だ。人間は他者とコミュニケーションを取ることで楽しく生きられる。選挙を機会に政治家との接点ができれば、政治に対して自分の要望を伝えることができる。それは選挙後も政治に関心を持ち続ける強烈な動機づけになる。そうした営みが政治の質を高め、私たちの暮らしを豊かにする。

選挙は政治家という「高額商品を見定める機会」である。しかも、国会議員にはリコール(解職請求)制度がないから返品はできない。失敗できない買い物なのだから、絶対に自分の目で候補者を見るべきだ。政治は私たちの生活に直結している。

今回の衆議院議員総選挙には、1051人が立候補した。その数だけドラマがあった。しかし、100人中44人の有権者が貴重な一票を棄(す)てていた。

多くの人が政治への関心を失えば、いつかは選挙に立候補する人がいなくなってしまうかもしれない。まつりを盛り上げる担い手もいなくなってしまうかもしれない。立候補する人がいなければ選挙は無投票となり、有権者は選択する機会すら与えられない。まつりに参加するなら今のうちだ。

【プロフィル】畠山理仁

はたけやま・みちよし フリーランスライター。昭和48年、愛知県生まれ。早稲田大在学中の平成5年から、週刊誌を中心に取材・執筆活動を開始。日本だけでなく、米国やロシア、台湾など世界の選挙現場を20年以上取材している。29年に『黙殺 報じられない〝無頼系独立候補〟たちの戦い』(集英社)で第15回開高健ノンフィクション賞を受賞。新刊『コロナ時代の選挙漫遊記』(集英社)が10月に発売された。