書評

『輝山』澤田瞳子著 「石見銀山」濃密な群像劇

澤田瞳子の直木賞受賞後第1作『輝山(きざん)』
澤田瞳子の直木賞受賞後第1作『輝山(きざん)』

今夏に直木賞を受賞した歴史小説の書き手の新しい長編小説だ。舞台になっているのは江戸後期の石見銀山(現在の島根県)。平成19年に世界文化遺産に登録されたので、知っている人も多いだろう。日本の銀は最盛期(江戸初期)には世界の銀の三分の一を占めたといわれるが、そのかなりの部分を産出したことでも知られている。

主人公は代官所の中間(ちゅうげん)(武士に仕えて雑用をする者)として働く金吾という男。実は以前の上役の思惑が背景にあって、代官の身辺を探るために江戸から派遣された。彼は代官所での勤めのかたわら、鉱山で働く男たちが集まる飯屋に通い、徐々にこの地の独特な人情になじんでいく。

そこでは江戸や大坂とは相当違った濃密な人間関係が広がっている。劣悪な環境で呼吸器をいためやすく、絶えず落盤や出水の危険と隣り合わせで働く掘子(ほりこ)(鉱石を掘る労働者)たちは、40歳まで生きられることが少ないというのだ。

短命は人物の輪郭を濃くする。特に兄貴分の掘子頭の男が魅力的だ。大柄な彼の倫理観や人生観が小説全体を太い河のように流れている。彼を慕う掘子たちは地の底の労働で消耗しながら、その日その日を生きている。労働者たちの裸の連帯感がとても印象的だ。

さらに個性的なキャラクターが何人も登場する。代官はとらえどころがないが、実は有能な政治家だ。その下には能吏の元締手代が仕えている。代官所に長年、勤めている草履取りにも妙な味わいがある。酒飲みだが意外にまっとうな住職と、まじめな少年僧はいいコンビと評すればいいか。飯屋の主人とそこで働く勝気な女性は陰があるが、世間通の雰囲気が漂う。

小説は6章の構成。全体としてつながっているのだが、それぞれが別のエピソードを描いている。6章すべてを読むと、7年の歳月がめぐっている。その間に金吾は成長し、人々は年齢を重ね、金吾を取り巻いていた大きな政治の動きも明らかになってくる。

読了後、しきりに石見銀山へ旅をしたくなったことを白状しておこう。掘子たちが厳しい労働に明け暮れた間歩(まぶ)(坑道)を一目見たくなったのだ。(徳間書店・1980円)

評・重里徹也(聖徳大教授・文芸評論家)