モンテーニュとの対話 「随想録」を読みながら

(114) 勇気こそ最も頼るべき力

京王線車内での乗客刺傷事件後、近くの国領駅前で対応にあたる警察官や消防隊員ら=10月31日午後、東京都調布市(佐藤徳昭撮影)
京王線車内での乗客刺傷事件後、近くの国領駅前で対応にあたる警察官や消防隊員ら=10月31日午後、東京都調布市(佐藤徳昭撮影)

10月31日に起こった京王線車内での乗客刺傷事件をめぐるタレントの長嶋一茂さんの何げない発言がずっと引っかかっている。今月5日放送の「羽鳥慎一モーニングショー」(テレビ朝日系)で長嶋さんは自衛策としてスタンガンの携帯を提案し、その直後にこう発言した。「個人的には、もうちょっとここに乗り合わせた男性諸氏、なんとかならなかったのかなという思いもあるんだよね」

この発言に対して、ネット上に数多くの非難の言葉が書き込まれた。非難する人々の考え方は次の3つに要約できる。「何よりも自分の命が大事。逃げるのが当然だ」、「彼は屈強な肉体を持っているから言えるんだよ」、そして「なぜ男性だけに戦うことを求めるんだ」。これがいまの日本社会の一部に漂っている空気なのだ。「男は度胸、女は愛嬌(あいきょう)」なんて言葉は、いまやタブーである。

もちろん私だって現場に居合わせたら、生存本能に突き動かされて逃げたはずだ。ただ、長嶋発言はとても大切な問いを含んでいるように感じる。どういうことか。無事に逃げた後で、現場でほかに何かできなかったか、と煩悶(はんもん)するかどうかが、人間と動物を分かつ明確な指標となると思うのだ。この煩悶こそが人間の人間たるゆえんであり、精神文化を育む土台となるのではなかろうか。生存本能に従うだけであったのなら、人間は動物のままだったに違いない。長嶋さんの問題提起を、ひと言のもとに斬って捨てる一部の風潮に、日本人の精神の貧困化を思わずにはいられない。楠木正成の湊川の戦い、乃木希典大将の殉死、三島由紀夫の自決の意味など、理解不能となる時代はすぐそこまで来ているのかもしれない。

昔の話を書こう。平成12年5月3日、牛刀を持った17歳の少年が起こした西鉄バスジャック事件を覚えている人は多いだろう。佐賀市を出発して福岡市に向かっていたバスをジャックした少年は、走行中の車内で乗客3人に切りつけ、女性1人が死亡した。事件後、作家の曽野綾子さんはあるコラムで、乗客の男性たちが、よろい代わりに自分のスーツを腕にぐるぐる巻きにして、少年に立ち向かうことができなかったか、と勇気ある問題提起をした。現代なら間違いなく大炎上していたはずだ。

本紙の石井英夫さんは5月5日付「産経抄」で《戦後の日本社会は、憲法の前文そのままに、人々の「公正と信義」に信頼しようというものだった》が、その憲法を〝押しつけた〟米国の社会は、何が起きても不思議はないことを前提としている、と指摘してこう結んだ。《実は、日本だってとっくに何が起きても仕方のない社会になっている。こんどの事件もそうだが、新しいタイプの犯罪が起きるたびに、対策や法整備、警察対応の遅れなどが指摘される。問題は、社会全体が考えを切り替えることができるかどうかだろう》

日本人が危機管理に無頓着になった原因を、憲法の前文に色濃くにじむ甘えの精神に求める内容だった。

昨今の政治家は与野党を問わず、深い傷のついたレコードのように「安心・安全」と繰り返す。政治家は国民を軟弱にしたいのか、と勘繰りたくもなってしまう。もううんざりだ。そもそも危険のない社会などありえない。過度に「安心・安全」を突き詰めてゆけば、そこに待ち受けるのは、自由を完全に剝奪(はくだつ)された管理・監視社会だろう。頑丈な塀に囲われ、いたるところで監視カメラが作動している農場で飼われる家畜のような生き方はごめんだ。

批判を恐れずに言えば、今回のような事件は、自由な社会の対価として、私たちは甘受するしかないのかもしれない。自分や家族が犠牲者、被害者になったとしても、この考えは変わらないと思う(多分)。もちろん対策の必要がないという意味ではない。この種の事件を未然に防ぐというもっともらしい口実で、この社会の管理と監視がさらに強化されることが恐ろしいのだ。

戦後日本人が忘却した気概

宗教戦争の時代、金銭目的の強盗団や裏切り者が、自宅の城にいつ押し入ってきても不思議はない状況を生き抜いたモンテーニュは、第3巻第9章「すべて空なること」にこう記している。《わたしは自分の家にいながら、幾たびとなく、今夜こそは人に裏切られなぐり殺されるのではないかと思いながら、せめてこわいと思う間もなく一(ひ)と思いに死なせてほしいと運命に願いながら、枕についた》

独立独歩の気性で、他人に頼ることが大の苦手だった彼だったが、身の安全のためには、危なっかしいと思いながらも、他人に頼らざるを得ない、という弱気の虫もわいてくる。だが、彼はその考えを振り捨ててこう決断する。《わたしは勇気のうちにわたしを鍛える。勇気こそ最も頼るべき力であるから》。自分を叱咤(しった)し、運を天に委ねるのだ。

戦後の日本人が忘却した気概がここにはある。国が自主独立を守るのにも、個人が自律的に生きてゆくのにも、その根本で求められるのは、自分で自分を守る覚悟と勇気である。それ以外にない。国において求められるのは、憲法を改正して自衛隊を国軍とすること。ただし、国民一人一人が自衛のための勇気と覚悟を持たなければ、仏作って魂入れず、という結果になるだろう。長嶋さんの発言を非難する書き込みを読んでいると、その危惧はぬぐえない。いや、発議されても国民投票で否決される可能性のほうが高いかもしれない。

悲観的になりすぎるのは体に悪い。最後に私の好きなエピソードをふたつ紹介したい。『死霊(しれい)』で知られる作家の埴谷雄高(はにやゆたか)さんは15歳で元服したさい、父から切腹用の刀を贈られた。「家名を汚したときにはこれで腹を切れ」という意味だ。作家の三浦朱門さんと曽野さん夫妻は、お孫さんが12歳になったときに聖書とナイフを贈った。その理由について曽野さんいわく、「自衛の覚悟を教えるためです」。

「バカげている」「なんたる時代錯誤」といった嫌悪感を抱くのは自由だ。その自由は認めても、私はそんな人たちとは、口もききたくない。このふたつのエピソードに、いわく言い難い何かを感じた若い人々にこそ、日本の将来を担ってほしいと初老男は静かに願うのである。長嶋さんの発言からずいぶん遠いところに来てしまった…。

※モンテーニュの引用は関根秀雄訳『モンテーニュ随想録』(国書刊行会)による。