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ライター、永青文庫副館長 橋本麻里 『銭躍る東シナ海 貨幣と贅沢の一五~一六世紀』東アジア経済史を刺激的に

『銭躍る東シナ海 貨幣と贅沢の一五~一六世紀』
『銭躍る東シナ海 貨幣と贅沢の一五~一六世紀』

『銭躍る東シナ海 貨幣と贅沢の一五~一六世紀』大田由紀夫著(講談社選書メチエ・1980円)


2時間手に汗を握っているうちに見終わってしまう映画を、数分で要約する動画が人気を集めるように、「簡単に」「要点だけ」の理解を求める欲望には際限がない。だがいくら「点」をつまみ食いしてみても、「面」を見渡す面白さにはたどり着けまい。そう思わされるのが、この『銭躍る東シナ海 貨幣と贅沢(ぜいたく)の一五~一六世紀』だ。

「銭躍る」と題するとおり、本書が着目するのは第一に貨幣であり、その動きから形づくられていく、経済の歴史である。副題にもある15世紀後半、それまで通貨として東アジア一帯に流通していた中国の銅銭に粗悪なものが交じるようになったため、「悪銭」は選別、減価された。結果的に銭で表示される商品価格は上昇し、市民生活は大打撃を受ける。この現象が中国から始まり、日本へも波及した。

あるいは1527年に発見された石見銀山の銀(倭銀)は、銀需要の高まっていた中国ではなく、まず朝鮮半島へ流れ込み、1540年代になってようやく中国へと向きを変えた。いずれも重要なトピックながら、一見、互いに独立した事象に見える。

明朝の海禁政策とその緩和、唐物需要の増大、朝貢貿易の縮小、中国、朝鮮半島、日本へと連鎖する奢侈(しゃし)的消費の拡大、銀の大流動を契機とする商業ブーム、その経済力を背景に台頭してくる新興勢力─。本書は各地に生起するさまざまな事象が、互いに影響し合いながら東アジア全域での経済成長、通貨変動といった大状況をつくりあげ、そこからまた次の事象が織りなされる様子を、東シナ海を空間的、時間的に俯瞰(ふかん)しながら描き出していく。

また圧倒的なアクターとしての中国と、その影響を一方的に蒙(こうむ)る朝鮮半島や日本、ではない、各地域を「共進化」の関係で捉える視点も刺激的だ。

『最澄と徳一 仏教史上最大の対決』
『最澄と徳一 仏教史上最大の対決』


『最澄と徳一 仏教史上最大の対決』師茂樹著(岩波新書・968円)


平安仏教の巨人・最澄のライバルといえば空海─だけでなく、徳一がいる。両者の間で5年にわたって繰り広げられた、日本仏教史上空前の大論争が本書のテーマ。ここでも著者は、空間的には東アジア全域を見渡し、時間的により長く複雑な文脈の中に論争を置き直すことで、論争の内容と意義とを再評価している。


はしもと・まり 神奈川県生まれ。新聞、雑誌への寄稿の他、NHKの美術番組を中心に日本美術を楽しく、わかりやすく解説。

永青文庫副館長でライターの橋本麻里さん
永青文庫副館長でライターの橋本麻里さん