オプジーボ訴訟、急転直下の「全面解決」

オプジーボの特許をめぐる訴訟で和解が成立し、記者会見する小野薬品工業の相良暁社長(中央)ら =12日午後、大阪市中央区(永田直也撮影)
オプジーボの特許をめぐる訴訟で和解が成立し、記者会見する小野薬品工業の相良暁社長(中央)ら =12日午後、大阪市中央区(永田直也撮影)

法廷での対峙(たいじ)から2カ月余り。急転直下の和解成立だった。がん免疫治療薬「オプジーボ」の特許をめぐり、発明者でノーベル賞受賞者の本庶佑(ほんじょ・たすく)京都大特別教授と、製造販売元の小野薬品工業(大阪市)の相良暁(さがら・ぎょう)社長が出廷した9月の尋問では、研究者と企業の立場の違いが際立った。その後の協議で解決をみた大きな要因は、本庶氏側が求めた「企業利益の大学への還流」と、小野薬側が譲れない「契約の順守」を和解で両立させたことだった。

オプジーボをめぐる両者の対立は、約10年前までさかのぼる。

平成4年、本庶氏が免疫を抑制するタンパク質「PD1」を発見し、その後、小野薬と共同で特許を出願。18年には、小野薬が外部から得る特許使用料の1%を対価として本庶氏に支払うことなどを定めた契約を結んだが、実用化が見えた23年以降、本庶氏が大幅な上乗せを要求した。

交渉は決裂し、今年9月の尋問では、法廷で本庶氏と小野薬トップの主張が交錯した。相良氏が「開発に約1200億円を投下して実用化できた」と熱弁を振るうと、本庶氏は「(約1200億円という金額は)きわめて普通」と反論。さらに「PD1の特許はきわめて特別」と発明の価値を強調し、解決の見通しが見えないまま閉廷した。

本庶氏はこれまで、「若手研究者が育つために十分な資金が必要。特許は後世に役立てたいという趣旨で出した」と述べ、特許の公益性を強調していた。

一方、小野薬が強く拒否感を示していたのは、一度契約で定めた特許使用料の配分割合が、「後出しじゃんけん」(相良氏)によって覆される事態だった。

今回の和解では、こうした互いの〝メンツ〟を立てる形で解決が図られた。

特許使用料の配分割合は今後も18年の契約通りとし、今回の訴訟自体の争点だった、米製薬大手との特許侵害訴訟で得た巨額の和解金の配分については、英国での訴訟協力への「報奨金」などを本庶氏に支払うことで妥結。報奨金を含めた本庶氏側に対する解決金を50億円とした。また従来、小野薬側からも表明していた300億円規模の研究支援については、小野薬側が京大側に230億円を寄付し、小野薬と本庶氏の名を冠した研究支援基金を設立することが盛り込まれた。

本庶氏は、こうした研究への支援には、「1000億円規模が妥当」と述べたこともあったが、今回の和解について「納得できる内容」と評価。今後、「企業から還流される資金や善意の寄付」に基づいて、基礎研究の支援や若手研究者の育成を目指す意向を示している。

小野薬社長「心から喜んでいる」

本庶氏との和解成立を受け、相良氏は12日夕、大阪市内の本社で記者会見を開いた。晴れ晴れとした表情で報道陣の前に姿を現し、「本庶先生と全面解決できたことを心から喜んでおります」と切り出した上で「(契約後に)ロイヤルティーが引き上げられれば、産学連携にとって良いことではない。そういう事例にならなくてよかった」と、企業としての考えを述べた。

本庶氏側は、小野薬側が契約先の外部から得るオプジーボに関する特許使用料の配分割合について、当初の契約よりも大幅に引き上げることを求めていたが、割合を据え置くことで和解がまとまった。

相良社長は「契約が途中から変わっていくことが当たり前になってはいけないと思っていた」と強調。訴訟で鋭く対立した本庶氏に対しては、「これまでのことは忘れて水に流していく気持ちだ」と述べ、今後はオプジーボの普及などについて本庶氏と協力を図る考えを明かした。(西山瑞穂、花輪理徳)

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