64歳から文字を学び妻にラブレター 夜間中学生の人生が落語に

西畑保さん(左)と妻の皎子さん(本人提供)
西畑保さん(左)と妻の皎子さん(本人提供)

こんな僕についてきてくれてありがとう-。読み書きができず苦難の連続だった男性が、60代から夜間中学で文字を学び、つづったのは最愛の妻へ感謝の思いを込めたラブレターだった。つらい日々も傍らに妻がいたから乗り越えられた。男性の人生はこの秋、上方落語家の笑福亭鉄瓶(てっぺい)さん(43)によって創作落語となり、聴衆の心を大きく揺さぶっている。

落語に登場するのは奈良市の西畑保さん(85)。小学2年生のとき、校内で所持金を落としたのがきっかけで教師に盗みを疑われ、級友にも泥棒呼ばわりされた。学校から足が遠のき、読み書きを学ぶ機会のないまま大人に。64歳から奈良市立春日中学校夜間学級で学び、妻に書いたラブレターがメディアで取り上げられ、話題を呼んだ。

西畑保さんが妻に送ったラブレターの一部
西畑保さんが妻に送ったラブレターの一部

働きに出た食堂では、メモを取れないために電話注文を受けられず、先輩に嫌がらせをされたこと。わが子の出生届を書けずに役所で代筆を頼んだ無念さ-。苦境続きの日々も、落語で丁寧になぞられる。

支えとなったのは35歳で結婚した妻の皎子(きょうこ)さんだった。読み書きができないことを切り出せずにいたが、回覧板に満足に名前を書けなかった西畑さんを、皎子さんは「つらかったやろ。これから一緒に頑張ろうな」と励ましてくれた。

西畑さんは、すし店の仕事を辞めた後、さまざまな理由で義務教育を受けられなかった人たちが通う夜間中学に入学。皎子さんは誰よりも喜んだという。

文字を学んだ西畑さんは皎子さんにラブレターを書いた。「結婚して35年になりますが、初めてラブレターを書きます。字の読み書きができない僕に毎日ついてきてくれてありがとう」。鉄瓶さんが、情感たっぷりにラブレターを読み上げる場面が山場だ。

平成26年に皎子さんを亡くした後も、西畑さんは昨春の卒業まで約20年間夜間中学に通い、今も精力的に文章を書き続けている。

西畑さんの人生を報道で知り、「読み書きができるのは当たり前のことだと思っていたので、衝撃を受けた」という鉄瓶さん。

小学校低学年の子供をもつ父親でもある。新型コロナウイルス下で子供が通う学校は休校になった。勉強ができる日常は当たり前ではなくなり、自ら命を絶つ子供も増えている。「西畑さんはつらい思いをしながら、よくぞ生きていてくださった」と痛感。落語という形で、その人生を伝えたいと思うようになった。

落語を創作した笑福亭鉄瓶さん(永田直也撮影)
落語を創作した笑福亭鉄瓶さん(永田直也撮影)

師匠の笑福亭鶴瓶さんにあこがれて落語の世界に飛び込み、今年で20年。節目の年に自身初の〝ノンフィクション落語〟として創り上げた。10月の東京、今月7日の大阪での独演会も盛況で、三味線の生演奏とともにラブレターが読み上げられた場面では、客席からすすり泣きも聞こえた。

大阪の独演会を訪れた西畑さんは「嫁はんが落語の中で生きているみたい。夜間中学でいろいろな人と出会えたし、落語にもしてもらえてありがたいことばかり。今は幸せ」と喜んだ。

落語の演目は「生きた先に」。鉄瓶さんは「生きてさえいれば楽しいことはきっとある。みなさんの生きた先には何があるのか。落語を聞いてその先の言葉をつけてみてほしい」と話す。ライフワークとして伝えていくつもりだ。(木ノ下めぐみ)

夜間中学で文字を学び妻にラブレター