旧竹下派 「茂木派」へ 参院側からも反対出ず

茂木敏充幹事長(矢島康弘撮影)
茂木敏充幹事長(矢島康弘撮影)

自民党第3派閥の旧竹下派(平成研究会、51人)は11日、衆院選後初の定例会合を党本部で開き、4日に党幹事長に抜擢(ばってき)された茂木敏充会長代行の会長昇格を内定した。竹下亘前会長が9月に死去し、会長職は空席になっていた。近く役員人事を固め、「茂木派」が発足する。

引退後も影響力を持つ青木幹雄元参院議員会長が茂木氏と折り合いが悪く、会長就任に反対していたが、定例会合では参院側からも反対意見が出なかった。

会合では茂木氏が「平成研としては21年ぶりの幹事長。今後の国会対応や来年の参院選に向け全力で取り組みたい」と述べた。その後、新人議員の紹介などが終わり、最後に司会の若宮健嗣万博相が「他に何かありますか」と出席者に確認すると、津島淳衆院議員が挙手し「茂木氏が幹事長になった。平成研でも会長に」と発言。さらに「早く会長を決めたほうがいい」(笹川博義衆院議員)などと衆院側の若手・中堅が相次ぎ発言し、「茂木派」への流れを一気に作った。

参院側の実力者である石井準一幹事長代理が「衆参の役員を決めてから話し合って新会長を決めたほうがいい」と異論を述べると、衆院側の新藤義孝元総務相が「『会長予定者』ということで役員を決めてもらおう」と参院側に譲歩する形を取り、決着した。

衆院側が奇襲を仕掛けたのは「参院側が阻止に動くのでは」と警戒する向きもあったからだ。平成30年には、参院側が集団離脱の構えを見せて額賀福志郎会長(当時)に退任を迫った。この時も青木氏の意向が強く働いた。だが、今回は石井氏が手続きの面で異論を唱えただけで、反対意見は出ず、派閥離脱の動きも起きていない。

背景には派内の力学の変化がある。参院側を束ねて会長交代劇を主導した吉田博美参院幹事長(当時)は令和元年に死去し、その後は参院側が結束して政局を仕掛ける場面はない。

また、茂木氏の幹事長就任が決定打になった。平成研としては平成12年の森喜朗政権の野中広務氏以来、手にしたポストである。来年の参院選の公認権や資金も事実上握る。「会長就任に正面から反対できる人はいない」(衆院ベテラン)状況になった。(田中一世)