雑木林に宿る 文豪の魂 司馬遼太郎記念館20周年

『竜馬がゆく』『坂の上の雲』などの歴史小説で知られる作家、司馬遼太郎さん(1923~96年)の自宅に隣接して整備された「司馬遼太郎記念館」(大阪府東大阪市)が今月、開館から20周年を迎えた。開館当初より敷地が広がり、贈られた新たな樹木が茂るなど、司馬さんが好んだ雑木林の雰囲気が一層深まっている。上村洋行館長は「司馬の精神を見事に再現した建物や庭が、20年という時間とともに成熟しているのを感じる」と話す。

庭拡大で再整備

記念館は司馬さんの死去から5年後の平成13年11月、世界的建築家の安藤忠雄さんによる設計で開館した。司馬作品を紹介する企画展や講演会が定期的に開かれ、通常は年間の来館者数が2万6千人ほどだったが、新型コロナウイルス禍で減少。「痛手ですが、それでも全国から熱心に足を運んでくださる方がいるのはありがたい」(上村館長)

22年には、隣接していた朝日新聞東大阪支局が移転したことで、約300平方メートルの土地が新たに加わり、ベンチを置いて整備した。延べ約3200平方メートルとなった広大な敷地の庭には、10年前に贈られたスズカケの苗木が、約5メートルの高さに成長。司馬さんが愛したクスやクヌギ、シイなどが林立し、季節ごとに菜の花やニホンタンポポ、ツユクサなどの花が咲く。深みを増す雑木林に、司馬さんの思いが宿っているようだ。

2万冊の大書架

数々の名作が生まれた書斎を窓越しに眺めながら雑木林の庭を抜けると、記念館の建物にたどり着く。多くの来館者が「うわー」と声を上げるのが、高さ11メートル、3層吹き抜けの大書架だ。約2万冊の蔵書や資料が収められ、まるで大作家の頭脳空間に入ったかのような雰囲気だ。東側の白いステンドグラスからは、柔らかな陽光が降り注ぐ。「月光の下よりも、明るい太陽の下で物事を考えたり、判断したりすべきである」と語っていたという司馬さんの精神が伝わってくる。

司馬遼太郎氏
司馬遼太郎氏

さらに、コンクリートの天井に浮かび上がる坂本龍馬の肖像画にそっくりなシミも話題だ。開館の翌年、来館者の指摘で気付き仰天したという上村館長は、「コンクリートの精製過程でできたもので、当初はオカルトめいた話は避けたいと思っていたが、今では愛着を持って眺めている」。

菜の花つながり

毎年、司馬さんの命日である2月12日に開催される「菜の花忌」には、地域住民や学校などの協力で、最寄り駅である近鉄河内小阪、八戸ノ里両駅から記念館にいたる道路脇や、民家の玄関先が菜の花で彩られる。

大阪府立布施高校では、菜の花委員会が組織されており、各クラスから選出された委員が育てたプランターの菜の花を、1月末に設置する作業を行っている。また毎年、1年生が記念館を訪ね、司馬さんの作品について学習している。

澤田佳典校長は「地域の方々と連携したこうした取り組みは生徒たちにとって大きな意義があり、地元の偉大な作家の功績を知るいい機会となっている」と話す。今年も種まきの季節を迎え、水やりなどの世話に励んでいるという。

記念館は、そうした地域住民やファンらに支えられながら、司馬さんの精神を伝えている。

映画や漫画本で世界観を

今年は司馬さんの没後25年にあたる。司馬作品を原作とする映画の公開や、初の漫画本刊行なども相次いでいる。

先月15日には、幕末の新選組副長・土方歳三(ひじかたとしぞう)の生涯に迫った映画「燃えよ剣」(東宝、原田眞人監督)が封切られた。司馬ファンである原田監督は、「司馬作品は四半世紀を経ても色あせない魅力がある。映画を通して司馬さんの世界観を味わい、歴史を学ぶきっかけとなってほしい」と話す。

来年には、幕末の越後長岡藩家老・河井継之助(つぎのすけ)を描いた「峠 最後のサムライ」(松竹、小泉堯史(たかし)監督)が公開を控える。

今夏には、幕末の動乱期を描いた「幕末」「新選組血風録」(文芸春秋)の漫画本が刊行された。劇画調でリアルな味わいがあると好評だという。(横山由紀子)

しば・りょうたろう 大正12年、大阪市生まれ。昭和31年『ペルシャの幻術師』で講談倶楽部賞を受賞しデビュー。『梟の城』で直木賞受賞。『竜馬がゆく』『国盗り物語』などの歴史小説、『この国のかたち』『街道をゆく』などの評論やエッセー、紀行を残した。平成5年に文化勲章。8年2月12日死去。