炭治郎だけでない 桃太郎も知っていた「鬼の性善説」

企画展では江戸時代の鬼面など貴重な資料が並ぶ=岡山県倉敷市の倉敷考古館
企画展では江戸時代の鬼面など貴重な資料が並ぶ=岡山県倉敷市の倉敷考古館

「桃太郎伝説」の生まれたまちで語り継がれる鬼を紹介する企画展「吉備の鬼語り」が、岡山県倉敷市の倉敷考古館で開催されている。昔話「桃太郎」では征伐される悪者だった鬼だが、岡山に残る習慣や建築物では災いから人々を守護し、凶事を払う存在となっていることを鬼瓦や鬼面の展示を通じて紹介している。同館は「鬼は怖いだけの存在ではない。愛嬌(あいきょう)のある面、親しみやすい面も感じてもらえたら」と来館を呼びかけている。

祭りで使われる鬼の面や衣装
祭りで使われる鬼の面や衣装

守り、邪気を払う

頭に角があり、目を大きく見開き、大きな口からは長い牙が見える顔-。現代人の知る「鬼」は江戸時代の鬼瓦にはしっかりと再現されている。対して顔の上半分しか残っていない平安時代のものは立体感に欠け装飾的要素が強い。倉敷考古館の企画展「吉備の鬼語り」はこうした岡山ゆかりの瓦や鬼の面など約30点を展示している。

同館によると、鬼瓦はもともと屋根に瓦をふく際に雨水が浸入しないようにするための蓋の役割を果たすもので、始めは単なる装飾的な模様が作られていた。

奈良時代に入ると大陸文化の影響で、寺社などの建築物を守るため、邪悪なものを脅かして追い払う霊獣や鬼を鬼瓦としてデザインとして採用するようになった。

さらに鎌倉から江戸時代は武士の時代となったため、さらに強いものが好まれ、鬼瓦は、より怖く・力強いデザインへ変わっていったという。ここでの鬼は、昔話で征伐されるものとは違って、人や建物を守るものとして捉えられている。

企画展で紹介される江戸~平成期の鬼面も同様だ。祭りに面をつけて出る鬼も神輿(みこし)が来る前に邪気を払うために出てくるだけで、人と敵対する存在ではないという。

同館の学芸員、伴祐子さんは「商家の多い倉敷の美観地区の鬼瓦は『払う』よりも人を『集める』ことを願って、縁起のいい打ち出の小槌や巾着がデザインされていることもある。まち歩きで眺めるのもいいですね」と説明する。

江戸時代の鬼瓦は鬼の表情を立体的に表現している
江戸時代の鬼瓦は鬼の表情を立体的に表現している

祭られる存在に

日本遺産「桃太郎伝説の生まれたまちおかやま」推進協議会のガイドブックなどによると、桃太郎の伝説の原型は奈良時代に吉備の国(岡山)を舞台にした吉備津彦命(きびつひこのみこと)による温羅(うら)(鬼)退治の物語とされる。

温羅を退治した吉備津彦命は神として祭られるようになった。吉備津神社(岡山市北区)は吉備津彦命を祭神とする神社だ。

吉備津神社は正確な創建年は不明だが、現在の本殿(国宝)は1425年に再建されたという。神社本殿の周囲では桃太郎の家来の犬・猿・雉のモデルとなったとされる吉備津彦命の家臣らも祭られている。

昭和7年、五・一五事件で暗殺された犬養毅首相(1855~1932年)は、吉備津彦命の家臣、犬飼健命(いぬかいたけるのみこと)の子孫とされ、神社境内には銅像が建立されている。

さらに神社本殿の北東(鬼門の方角)には艮御崎宮(うしとらおんさきぐう)があり、鬼神とされる温羅(鬼)が祭られている。桃太郎伝説で征伐された温羅は災いから本殿を守護する存在となっているのだ。

吉備津神社にある犬養毅の銅像。祖先は鬼退治をした吉備津彦命の家臣、犬飼健命と伝わる=岡山市北区
吉備津神社にある犬養毅の銅像。祖先は鬼退治をした吉備津彦命の家臣、犬飼健命と伝わる=岡山市北区

現代人の知る昔話「桃太郎」は室町時代から江戸時代初期にかけつくられた鬼退治の伝承が基盤。悪者の鬼のイメージもここにある。一方で、建築物や祭りでの鬼は、本殿や神輿を邪気から守る力強い存在として捉えられている。

倉敷考古館は「鬼は古来、怖いが守ってくれる力強さもある存在。展示されている鬼の面はよく見ると愛嬌もあり、親しみやすくもある。展示を通じて新たな鬼の魅力を感じてほしい」と来館を呼びかけている。(高田祐樹)

企画展は令和4年2月27日まで。休館は、月曜・火曜・年末年始。入館料は一般500円、大高生400円、小中生300円。問い合わせは倉敷考古館(086・422・1542)。

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