ザ・インタビュー

人生を「選択」する物語 島本理生さん著「星のように離れて雨のように散った」

「コロナ禍での人間関係は大変だった部分もあったけれど、1人ずつとの関係性を見つめ直せたところもありました」と話す島本理生さん(川口良介撮影)
「コロナ禍での人間関係は大変だった部分もあったけれど、1人ずつとの関係性を見つめ直せたところもありました」と話す島本理生さん(川口良介撮影)

恋愛小説の名手が今作の舞台に選んだのは、新型コロナウイルスに見舞われた東京だ。人との距離感をだれもが考えざるを得ない時代、主人公の女性が自分の喪失体験に向き合い、再生する様を描いた。

「17歳でデビューしたときから、その歳(とし)でしか書けないものを書いてきました。今この瞬間しか書けないものを考えたとき、コロナ禍の大学院生という設定を作りました」

大学院の日本文学研究科で学ぶ、春。修士論文として創作小説を、副論文に宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』を選び、準備を進めていた。春は、恋人の亜紀からプロポーズを受けるが、うまく受け止められない。そこには幼い頃の父の失踪が影を落としていた…。

本作は父の失踪、銀河鉄道の夜、書きかけの小説-の3つの物語が交錯する。

春は、法華経信者であった宮沢賢治がキリスト教に寛容だったと感じ、その宗教観を探りながら、未完の小説である銀河鉄道の夜をひもといていく。

「作家になってから、作品の題材にするために宗教の勉強を始めて、宮沢賢治に興味を持ちました。多くの日本人に読まれていて、こんなに宗教が扱われている作品はないのではないでしょうか。銀河鉄道の夜を、一度丁寧に読み込みたかったのです」

作家志望だった春の父は、小説を完結させることなく姿を消した。「失踪して今に至る私の父も、小説を書いていたけれど、完成させられなかったようです」。父の未完の物語が長編小説に結びついたのだ。

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人との距離感をつかむのが苦手な春と、男社会で生きてきた亜紀は正反対のタイプだ。「セットで生まれたキャラクターです。雨の中、旅行先の森に2人が立っているイメージが浮かびました。お互いに見えていないもの、激しいものを抱えながら相手を必要としているのです」

作中で、象徴的に描かれるのが「森」だ。「自分の中で特殊な位置にあるモチーフで、あえて作品に出すことはあまりありませんでした。書き終えてから分かったのですが、森の暗がりには消化しきれない過去みたいなものが眠っていて、時々立ち上がってくる」

春は、大学院の友人やアルバイト先の作家、吉沢との対話を通じて過去をたどり、今を見つめなおす。吉沢の『他人になったつもりで子供だった自分をじっくり見てみるといい』という言葉が背中を優しく押す。

「一度自分を外側から見て、傷ついたことも悲しいことも、感情として理解できたときに、初めてそこから離れられるのではないでしょうか。それを1人でやるのは難しい」

「痛み」や「救済」は創作活動を貫くテーマだ。「心理学にも関心があり、20代のころから勉強してきました。本質的には自分が書きたいのは人の心の中なのです」

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30代で直木賞を受賞した。数多くの著作があるが、過去の作品は、恋愛関係の2人が抱える息苦しさや濃密な空気感が特徴的だった。だが、直木賞受賞以降の作品はヒロイン像に変化が感じられる。『2020年の恋人たち』(令和2年刊)は、恋愛に流されないヒロインが、自分にとっていらないものを手放していく物語だった。本作は、主人公の春が、恋愛関係ではない人が差し伸べる手を取り、関係を結び直し、人生を「選択」する物語だ。

「1対1の濃密な恋愛ですべてが救われるわけではないことを、自分の年齢が上がるなかで実感しました。親密な緊張感を少し手放す代わりに、複数形の良さを書けるんじゃないかと思えました。友達とも知り合いともいえないような関係性とか…。これからはさらに複数形を広げた物語も書いてみたい」

3つのQ

Qコロナ禍で生活の変化は?

フラワーアレンジメントに興味がわきました。家で仕事をしていたので外の景色がない分、花を飾りました。勉強したらよく育つようになりました

Qどんな植物を飾っていましたか?

季節によって変えていました。枝ものはすごく持つ。桜の枝も、咲いて散って芽生えるところまで家で見たので、小説に描写しました

Qコロナが落ち着いたら行きたい場所は?

イギリスです。思春期の頃、映画監督のデレク・ジャーマンの作品が好きでした。映画の舞台となった一軒家が残されているそうなので行ってみたい

しまもと・りお 昭和58年、東京生まれ。平成13年、『シルエット』で群像新人文学賞優秀作を受賞。30年、『ファーストラヴ』で直木賞。主な著書に『ナラタージュ』『Red』『2020年の恋人たち』など。

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