書評

『カザモニカ 黄金便器のゴッドファーザー』 ローマ 犯罪組織追うルポ

誰もが知る「ローマは一日にして成らず」という諺(ことわざ)は、本書によって不気味な警句に姿を変えるだろう。

著者フロリアーナ・ブルフォンの徹底した現地取材が、きらびやかな観光とは無縁のローマを浮き彫りにする。その未知の地図を見て、私たちは果てしない闇の深さを知る。

なかでも第五章「不可視の網」で描かれたローマ〈郊外〉の描写には注目すべきだ。駐車場、ファストフード店、広場や公園を駆逐して建てられた巨大なショッピングモール。既視感を覚えるどころではない。日本と同じだ。資本主義がもたらしたニュータウンが、ローマ〈郊外〉にも生まれている。

磯部涼の『令和元年のテロリズム』が思い起こされる。住民の集まる場所が消え、ご近所付き合いが断たれ、資本主義だけがゆるやかに注入される日本の〈郊外〉、そこに建つ家のどこかで人知れず殺意が育まれ、やがてそれは無差別殺傷事件、テロリズムとして社会に噴出する。

日本の〈郊外〉もイタリアの首都ローマの〈郊外〉も、前述のように空虚な雰囲気はそっくりだ。なぜならそれこそが資本主義の効果なのだから。

だが、ローマ〈郊外〉の抱える現代の闇は、日本の闇とはかなり異なっている。歴史が失われ、アイデンティティーが消滅した町で、ローマの場合、そこに謎めいた一族が音もなく侵入してくるのである。中世のような強力な家族主義の権威が、表情のない町をいつのまにか支配している。一族の人数はとてつもなく多く、いったい何人いるのかわからない。住民は彼らの名を口にするのをためらっている。カフカの『城』を思わせる奇怪な悪夢ではないか。

「彼らが何者で、何をしていようと、私には関係ないわ」。洗濯物をたわんだロープに干している女性が、著者の取材にそう答える。「カザモニカは恐れたほうがいい。大勢いるし、たとえ刑務所行きになっても、出てきてから探しに来るから」

膨大な数の犯罪に関与していながら、長年捜査の手を逃れてきた知られざる一家。その危険な迷宮に踏みこんだ著者は、民族と司法の問題、そして闇の力に酔いしれる一家が駆使する集金システムの謎を読み解く。(フロリアーナ・ブルフォン著、清水由貴子、脇本美穂訳/早川書房・3960円)

評・佐藤究(作家)